あなたに会いたくて:夜 「お誕生日おめでとう。…お祝いのパーティー中やったかな?」 電話をかけてきておいて、ぬけぬけとそんなことを言う。大地はため息をついて、いいや、 と応じた。 「一時間ほど前までは確かにそうだったけどね。…俺のパーティーをしてくれて、その足 で律たちは帰省したから」 「たち?」 いかにもいぶかしげに蓬生はその言葉を繰り返した。 「如月くんと二人で祝ったんとちがうん?」 「いや?響也もひなちゃんも、ついでにハルも一緒だったけど?」 「みんな無粋やなあ。二人っきりになるように気ぃ利かせたらいいのに」 「俺たちはそんな仲じゃないよ」 呆れ声を終わりまで聞かず、かぶせるように大地は言った。 ふ、と電話の向こうで含み笑う声。 「せつないなあ。やせ我慢して」 「土岐」 大地が思わず声を尖らせると、 「ほな、ええ子で我慢してた榊くんに、ちょっとプレゼントあげよか」 不意に明るい声で、蓬生はそんなことを言い出した。 「なあ、後ろの音、聞こえる?」 土岐の声が遠くなった。携帯が周りの雑音を拾う。行き交う人の足音、話し声、…そして。 「……番線、ご注意ください、列車が入ります。…のぞみ××号東京行き、次の停車駅は 品川です」 新幹線の駅にいるのか、と何気なく思ってから、大地ははっと身を固くした。 …新幹線の次の停車駅が品川。…ということは。 「…っ、土岐、まさか…!」 「そのまさかや。…今、新横浜におるんよ。…三、四十分もあったらそっちにつくと思う けど、駅まで来れる?」 「ってお前、いきなりっ…。俺が都合つかなかったらどうするつもり…」 「そら、帰るだけや」 「…土岐…」 だがしかし、蓬生は笑う。 「でも、そないなことにはならんやろと思とった。…誕生日やもん。…パーティーを抜け 出してでも会いに来てくれるやろ。…たとえ一目でも」 …来てくれるんやろ? ささやくように、確信を持って。 大地はごくりとつばを呑んで、…笑い出すしかなかった。 「行くよ。…今すぐ行く。いつまでこっちにいられるんだ?」 「明日の朝には帰るわ」 けろりと言われて驚いた。 「とんぼ返りじゃないか」 「こっちも年末はいろいろと行事があってややこしいねん。悪いけど。…ほんまになんで、 こんな日に生まれたん?」 「…俺も今、そう思ってるよ」 くす、と電話の向こうで笑う声。 「まあええわ。…会えるんやから。それで充分。……走ってきぃや?俺、いらちやからあ んまり待たへんで?」 「待つのはたぶん俺の方だよ。今すぐ出る。二十分かからずに駅に着くよ。…早く会いた い」 ふっと、息を呑む音。 「…阿呆」 それが蓬生の大地に対する口癖で。どこか柔らかい響きも愛おしく。 「…今それ言うの反則」 「だって、会いたいよ」 もう一度ねだるように言うと、 「…俺も」 ささやく声が甘くかすれた。 胸が詰まって、携帯を握りしめたまま支度もそこそこに大地は走り出す。瞬くイルミネー ションの中、星空の下をただ一心に、彼の元へと。 月が笑うように、西の空に傾いでいた。