あなたを忘れない

「葛城将軍ー!侵入者を捕らえましたー!!」
新兵達が自分の前に引っ立ててきた男を見て、忍人は眉間にしわを三本寄せた。
「…何をしている、サザキ」
大きな翼ごと縄でぐるぐるまきにされている赤毛の男は、忍人の呼びかけに、よ、と言っ
て笑った。
慌てたのは新兵達だ。
「お、お知り合いですか!?」
「玉垣を乗り越えて侵入してきたので、てっきり盗賊の類だと…」
「ああ、盗賊扱いしてかまわん」
さらりと忍人が言い捨てたので、サザキが大声を上げた。
「えー。なんだよ、仲間に向かってその言い方はないだろー!?」
仲間と聞いて、また新兵達がそわそわしだした。先の戦いで女王陛下に協力した日向の一
族がいたことはみな知っている。肘でつつきあっていたが、やがて、あのう、と代表して
一人が手を挙げた。
「もしや」
「そうだ」
問いも短ければ答えも短い。が、忍人はそこで、だが、と付け加えた。
「まともな仲間なら、きちんと門から入ってくるべきだ。玉垣を乗り越えて入ってくるよ
うな奴は、陛下の仲間だろうと何だろうと侵入者扱いして捕らえてかまわん」
「忍人ー!!」
騒ぐサザキを無視して、忍人は新兵達をねぎらった。
「ご苦労だった。さがっていい」
ぺこり、と礼をして、彼らはそそくさとさがっていった。改めて忍人がサザキに向き直る。
「ひどいぞ…」
くすんくすんと嘘泣きをする男の頭を一つはたいて、無言で忍人は縄をほどいてやった。
「そもそもカリガネはどうした。お目付役は」
「お目付役言うな。あいつはちゃんと正門から…」
「…失礼する、ここに馬鹿が来ていないか」
サザキの語尾を奪い取るように、灰青色を思わせる青年が急ぎ足で、かつ静かに入ってき
た。ほどかれてサザキの回りに落ちる縄と、まだ体勢が整わず、しばられていたときのま
まの格好で中腰になっているサザキと、忍人の苦虫を噛み潰したような顔を見て、一瞬で
全てを悟ったらしい。
「…迷惑をかけた、すまない」
折り目正しく忍人に向かって謝りつつ、ぼかりと一つサザキを殴る。
「何だお前ら二人してぽかぽかぽかぽか!頭悪くなるから止めろよ!」
「既に充分悪いだろう。今より少し悪化したところで大して変わらん」
「確かに」
「……!……!……!」
何か言いたいらしいが言葉にならないサザキを置いておいて、忍人はカリガネに向き直っ
た。
「今日はどうした」
「サザキが大陸との貿易で少しおもしろい物を手に入れたので女王陛下にと。…だが陛下
は…」
「…ああ、お留守だ」
「ええっ!!?聞いてない!!」
叫ぶサザキをじろりとカリガネが見た。
「女王陛下にお目にかかりたいと正門で言ったら、ちゃんと丁寧に教えてもらったが。い
ったいどうやってお前は入ってきた」
「陛下は行幸で吉備の大社に行っておられるんだ。数日戻られん」
カリガネは、忍人が付け加えた言葉を聞いて、ああ、と手を打った。
「吉備か。…それで留守居が君なのか」
「そうだ。布都彦が女王陛下のお供を仕っている。大社へのお参りも、半分は吉備将軍の
お披露目のようなものだ。…とはいえ、そんなに宮を空けることはない、数日で戻られる
から、おとなしくしていられるならしばらく宮に滞在するといい」
「なんだよそのおとなしくしていられるならってのは…」
「玉垣から出入りするなということだ」
サザキがぶんむくれる。忍人とカリガネは目を見合わせ、くすりと小さく笑った。
「ところでサザキ、何を手に入れたんだ?」
「…んー。…姫さんに一番に見せようと思ってたんだが、…まあでも、忍人に一番っての
もいいかな」
ふところをごそりとあさって、彼は何か白いものを取り出した。
「白いが、これは翡翠だ。鹿かと思ったんだが、少し違う。……なあ。この獣に見覚えは
ないか?」
まじまじとサザキの手の中の彫刻を見て、忍人ははっとした顔になった。
「ちーりん。ぱいちーりんと、俺にこれを売りつけた商人は呼んでいた」
ちーりん。…麒麟。白麒麟。
サザキがうすく笑う。
「…俺たちはまたいつか、あいつに会えるんだよな」
大切な仲間。今も忘れない。忘れられない。
「きっと、どこかにあいつはいるんだ。…これを彫った誰かはあいつを見たんだ。…きっ
とな」
そう姫さんに言いたかった。……お前にも。
ぽすん、と頭を撫でられた手が温かく大きい。子供扱いするなと久しぶりに言いそうにな
って忍人はこらえる。子供扱いするなと言うこと自体が子供の証明だ。
「…なんだよ、むきにならねえのか。大人っぽくなっちまって。…つまらねえなあ」
ははは、とサザキは笑った。
「姫さんが戻るまで、しばらく滞在させてもらうぜ。その間、ちっとは遊んでくれよ?忍
人」
「とりあえず、玉垣からの出入りは俺がさせん。安心してくれ」
「……ああ。部屋を用意させよう。少し待っていてくれ」
「頼むぜ」
ぽん、とまた頭に手が置かれる。振り向かず忍人は部屋を出て行った。なつかしい仲間の
声を背中で聞きながら。