朝顔 千尋は朝顔を育てている。 裏のおばあちゃんに種をもらったのだ。 上手く双葉から本葉が出てきた苗を二つ選んで風早が行灯仕立てに植え替え、毎朝花が見 られるように、玄関先に鉢を置いている。 朝一番に朝顔に水をやるのは忍人だ。彼はたいてい家中で一番早く起きる。鍵を開けて新 聞を取り込み、ランニングのために玄関を出て行く。そのついでにいつも律儀にじょうろ で水をかけていく。 千尋は、朝顔を植えてから早起きになった。普段は忍人がランニングから帰ってきてから 起きていたのに、今は忍人がランニング中に起き出し、身支度を整えるとすぐに玄関に出 て、朝顔の鉢に水をやる。自分の育てている花だから、自分が世話をするのは当然と考え ているのだ。思いこんでいるせいなのか、それとも気付いていないのか、植木鉢は既に水 で濡れているのだが、それでも毎朝神妙な顔で水をかけている。 玄関は南南西に向いているので、夏の日差しがほぼ一日中照りつけ、朝じゃばじゃば水を かけられた朝顔も、夕方には結構くったりしている。 それを見つけるのはたいてい那岐だ。植物に愛着を持つ彼は、また水やりさぼったんだろ う千尋は、とぶつぶつ言いつつ、多少邪険に、けれども愛おしそうに、夕方朝顔に水をや る。 でも実は、洗濯物を取り込むときに千尋がもう一度水をあげているのだ。那岐が水やりを していることを知らない千尋は、今日は照ったのに元気だな、くらいにしか思っていない ようだが。 風早は、全部を知っている。ちょっと、水をあげすぎじゃないかな、とか、内心思ってい る。けれど、朝顔は元気に咲いているし、今のところ根腐れしていない。そして、三人が 三人とも朝顔を大事に思っているのを知っているから、彼は何も言わない。 花が二輪咲いた。一つの苗の花は千尋の瞳のように青く、もう一つの苗は忍人の瞳に似た 濃い紫紺色だ。 涼しげできれいだと、あの那岐でさえ、少し早起きになった。 来年はこの種を取って、もっとたくさん育てるのだと千尋が言う。その次の年はもっと多 く、その次はもっともっと、と言うので、那岐が笑い出した。それだけの植木鉢、どこに 置くんだよ、と。庭中に置けばいいですよ、と、風早は真顔で言った。緑のカーテンにな ってエコですよ、と言う。忍人は首をかしげたけれど、何も言わずに静かに苦笑している。 水をもらいすぎながら、朝顔は今日も咲いている。