僕と君の日常2


「あ、榊くん、ええとこ来た」
ラウンジから呼び止められた声に、まず一度深呼吸して気持ちを整えてから振り返る。
「…土岐」
土岐は笑顔でひらひらと手を振っている。
「変に探し回るより寮で待ってたら来るやろ思たけど当たりやったな。…こないだありが
とう。ショップカード返すわ。…ちょっと待っといて」
「ああ」
別にカードくらいかまわないのに、と思いながらも大地が素直に待っていると、土岐がび
っくりするような荷物を持って現れたので、思わず引く。
「……な」
「かさばるけど、これ。焼き菓子やから、二週間くらいは日持ちするって。店で一番大き
い箱に、二段重ねにしてもろてん」
「…あ、りがとう。…というか、……すごいな」
「千秋がな」
土岐は首をすくめた。…そうか、そうだった、と大地は納得する。元々、東金がその店を
捜していると土岐は言っていたのだったっけ。
「榊くんに店教えてもうたときの諸々の事情話したら、そういう職場やったら受付の人と
か看護師さんとかようさんいはるやろから、一番大きいのみやげにしたろ、言い出して。
…せやけど、一番大きい箱でも千秋のお眼鏡にはかなわんかったから、結局それを二段重
ねで」
…いや。…一番大きい箱でも充分すぎると思うのだが。
「……誰か、東金にほどほどとか標準を教えてやれよ」
「無理や」
土岐の返答はにべもない。
「そもそも、ほどほどとか言い出す千秋は既に千秋とちゃうわ」
「……」
…だから、土岐のその発想もどうかと思う、と言いたいのは山々だが、こればかりはいく
ら話しても平行線の議論になる予感しかしない。大地はとりあえずおとなしく引き下がる
ことにして、ありがとうと大きな箱(厳密には大きな箱が入った猛烈なまち幅の紙袋)を
受け取った。
……と、その上に土岐は、こちらはいわゆるほどほどサイズの、紙袋を一つ載せた。クッ
キーの袋が一つ入るかな、くらいの大きさだ。
「で、これは、俺からわんこに」
「…あのな」
その一言に、ふて腐れそうになった。このショップを土岐に教えたときの犬騒動が思い出
される。あれだけ笑っておいて、まだ犬扱いか、と、大地が額を押さえると、土岐はなぜ
か、いや、大丈夫やって、と手を振った。
「これくらい、悪食やないって。店の人も、こういうのをごほうびであげてる人、結構い
るって言うてはったし」
……。
「……ごほうび?」
少しぽかんとして大地が復唱すると、
「そうや。何か命令して、お利口で言うこと聞けたときとか……。…………て」
はた、と。…のんびり話を続けようとしていた土岐が目を見開き、…まじまじと大地を見
てから、困惑でだろうか、眉を寄せる。
「…あのな。…わんこて君とちゃうで。……名前なんやったっけ、忘れたけど、君のとこ
の飼い犬に、や。……犬用のクッキーや」
「……!」
大地が真っ赤になるのと、土岐が盛大に吹き出すのはほぼ同時だった。
「まぎらわしいんだ、言い方がいちいち!!」
「……!……」
何か大地に言い返したいのだろうが、笑い転げている土岐は口もきけないくらい息絶え絶
えだ。ただ必死に手を振っている。
「せ、せや、せやかて」
その接続詞を絞り出すのですらようやくという有様だったが、一度声が出てしまうと、笑
いながらでもなんとかしゃべれるものらしい。せやかって、と改めて言って、土岐は言葉
を継いだ。
「今、真面目に話してたやん。からこうてへんかったやん。せやのに、わんこが自分て、
自分て……」
笑いの中から必死に言葉を紡ぐ土岐を、大地は苦虫を噛み潰したような顔で睨み付ける。
「俺だって、前にこの話で君に犬扱いされてなきゃ、こんな勘違いしないよ!!」
「わ、わかってる、わかってる、て。それは確かに俺が悪かった、悪かった思てるから、
千秋のとは別におみやげ買うてきたんやんか。飼い犬がいるって聞いたから、あ、これち
ょうどええわと思て、……ちょうど、……わんこに」
うっかりわんこという言葉を出したのがまずかったのだろうか。落ち着きかけてきた土岐
の笑いが不意にまた爆発的に復活する。
「………!…あかん、もう、腹痛いー」
最後に一言宣言して、土岐はまた笑いの渦に呑み込まれてしまった。大地は一人くさって、
大きな大きな箱と、こじんまりした紙袋を抱えながら、笑い転げる土岐を恨めしく睨み付
ける。不幸中の幸いは、今日に限って八木沢も東金も何だ何だと顔を出してこないことだ。
どこかで練習でもしているのだろうか。
ひはひは言って、それでも土岐はまだ笑いやまない。…呆れ果てて大地は、
「もういいだろう、…律に用事があるんだ、行くよ」
と宣言した。
「あんな手助け一つにしちゃあ豪華すぎる礼だから、遠慮しようと思ったけど、笑われ賃
でもらっていく」
ぼそり付け足すと、ああ、うん、もろてもろて、と笑いの隙間から土岐は声を絞り出した。
「もろてもらわれへんかったら逆に困るし」
まとまりのある言葉はそれで終わりだった。まだ笑い続ける土岐をラウンジに残して、大
地はふてくされた顔で寮の階段を上った。
お茶でも淹れていたのだろうか、キッチンから出てきたらしい芹沢が、何を笑っているん
ですか副部長、と、呆れたような声で言うのが聞こえて大地はため息をついた。

……また夕食の時、話のタネにされるんだろうな。