クリスマスキャロルが聞こえる 「キャロルだな」 窓の外から聞こえてくる調子外れのリズムとメロディに千秋が顔をしかめた。それを見て 蓬生はくすりと笑い、窓枠に手をかけて外を覗く。 「もうクリスマス会の練習か。これはうちの小学部のんやのうて、お隣の幼稚園の音やな」 「…耐えられん音だな」 「きついこと言うなあ」 蓬生はまだ微笑みながら窓の外を見ている。 「毎年のことやんか。…まだ、練習始まったばっかりやし、これからまともに聞こえるよ うに仕上げてきはるで。…正直、毎年脅威やわ。いくら幼稚園では最高学年とはいえまだ 5歳か6歳で、リズム感も音感もばらばらな子らを、一応とはいえ聞けるレベルにまで仕 込まはんねんから」 「……まあ、確かに」 千秋は少し憮然とした顔で机に頬杖をついたが、 「白い衣装に赤いベレー帽かぶって、ろうそくの集団みたいで可愛らしいやんな、幼稚園 のキャロル」 蓬生の言葉に、ふとその表情がゆるむ。 「ほめてるのか、けなしてんのか」 「え。ほめてるんやんか。…なんで」 「ろうそくの集団て」 「しゃあない、似てんねんもん。でも可愛らしいと思うで、ほめてるで。自分も舞台で着 てみたかったな、て、ちょっとだけ思たわ」 「…?着なかったか?…何で…」 言いかけて、千秋ははっと一瞬目を見開き、それからかすかに眉をしかめた。蓬生は穏や かな笑顔のままだ。 「あの頃は、冬になると毎年調子崩しとったからなあ。…クリスマス会は、いっつも病院 におった」 「…そう、だったな」 うなずきかけて、ん?と千秋は首をかしげた。 「…着なかったなら、どこで衣装を見た?」 幼稚園のキャロルは衣装を着けるのは当日だけだし、父兄しか観覧できない。幼稚園の間 毎年冬場に蓬生が入院していたのなら、見る機会はなかったはずだが。 「あれ?…忘れたん?」 蓬生は目を丸くして、…それから何故か、ひどくうれしそうに笑った。 「千秋が見せにきてくれてんで、俺のとこに」 「……え」 「小一の冬も、俺、入院しとって、…することのうて、ぼーっとベッドの上でぐうたらし てたら、いきなり千秋が入ってきて、『ほらこれ!キャロルの衣装!』いうて。…『見た がってたやろ、蓬生!』て」 くすくすと、笑う。 「俺の方は見たがってた覚えも着たがった覚えもなかったからめっちゃびっくりしてんけ ど、もう、千秋は自信満々で。着たのん、洗濯して返す前に見せに来たった!って、…な んや、めっちゃうれしそうにしてたっけ、なあ?」 …覚えてない、覚えてない。 思わず千秋は首を横に振る。蓬生はまだくすくす笑っている。 「俺の病院着の上から無理矢理着せて、やっぱり蓬生よう似合てるわ!って笑て、写真ま で撮って帰ってんで。俺、まだその写真持っとうわ」 「……」 次の言葉に困っている様子の千秋を見て、蓬生はそっとその肩に手を伸ばした。 「覚えてへんやろけど、…千秋はいつもそうやった。俺がし残したこと、自分では寂しい って意識してへんかったこと、ちゃんと気付いてて、一年後に全部味合わせてくれた」 うつむいた蓬生の髪が、千秋の頬にかかる。肩に額が、触れそうで触れない。吐息だけが そっと、鎖骨を熱くする。 「俺は、千秋にいろんなもんをもろた。千秋とおったから、いっぱい大事なもんが増えた。 ……千秋とおって、よかった」 「…阿呆」 蓬生の告白を、千秋は短く一蹴した。 「阿呆て」 「過去形使うな」 「……っ」 蓬生が一瞬息を飲み、 「…せやな。…ほんまや」 やわらかく笑った。 触れそうで触れなかった蓬生の額が、とうとう千秋の肩に触れた、その瞬間、千秋は手を 伸ばし、大事な人の身体を抱きしめた。やわらかく、それでいて腕から逃さぬよう、きち りと。 「…千秋とおるんは、幸せや」 「わかってる。…これからもそうだ。これからもずっとだ。…蓬生」