大地の手


誰からも聞かれたことはないのだが、もし誰かから大地のどこが好きなのかと聞かれたら、
俺はいくらでも答えられるだろう。
安定していて落ち着いているのに、どこかあっけらかんと明るいヴィオラの音とか、大人
っぽくて闊達で、それでいてどこかしらに子供の甘さを含むその声とか。
でも一番好きなのは、やっぱりその手だ。大きくて、骨がしっかりしていて、無骨にも見
えるのに指先はとても繊細で、細かい作業も器用にこなす。
節が少し目立つ指。角張っているが形のいい爪。さらりと乾いているのにいつも熱い掌。
その手が俺に触れて、包帯を巻き直したり髪を撫でたりしてくれるだけで、俺の鼓動はひ
どく騒ぐ。
大地はきっと、どきどきしているのは自分だけだと思っているんだろう。だから極力、俺
の前では冷静に、落ち着いて、動揺などかけらも見せないように自分を律している。
そんな大地を見るたびに、俺は思う。
もっと、いつもの大地でいいのに。どんな馬鹿なことをしても、どんなに駄目なところを
見せても、俺はかまわないのに。
…そんなことで、俺は大地を嫌いになったりしない。
「…律?」
ぼんやり物思いにふけっていた俺の目の前で、大地がひらひらと手を振った。…俺の大好
きな、その手を。
「考え事か?」
「ああ。少し」
「またヴァイオリンのことなんだろう」
決めつけて、大地は優しく、喉を鳴らすように笑う。
…大地のことを、…俺がどれだけ大地が好きかということを考えていたんだと言ったら、
大地はどんな顔をするんだろう。
さらりと受け流すだろうか。それとも、真っ赤になってうろたえるだろうか。
どんな反応をするのか、見てみたい気もしたが、結局俺は何も言わず、ただ黙って笑い返
した。
今はまだ。…だけど、…いつかきっと。