土器

風早がなにやら大きな荷物を手に出かけようとしている。忍人は瞳をくるくるさせながら
風早の荷物をのぞき込んだ。
「…出かけるのか、風早?」
「やあ、忍人。…うん、ちょっと土器を焼きにね」
「……かわらけ?」
くるん、と忍人はまた目を丸くする。風早は優しい瞳で忍人を見下ろした。
「…ああ、そうか。…君が来てから、焼きに行くのは初めてだね。……俺は、土器を焼く
のが趣味なんだ」
「…ふうん」
土器を焼くって、どんな風にするんだろう。それに、その大きな荷物。
「そんなにたくさん道具が必要なのか?」
「これ?…ああ、これはほとんど土だよ。窯のそばにも、土器に向いた土はあるんだけど、
…というか、土器に向いた土があるところに窯はあるんだけど、窯のところに行ってから
土を準備していたら時間がかかるからね。土だけならここでも準備できるから、先にして
おいたんだ。…あとは、見本だな」
「……見本?」
「そう。…今回は、俺の好きなものを焼きに行くわけじゃないから」
風早は苦笑している。
「羽張彦が、師君の酒器を割ったんだ。まあ、酔っぱらいのすることだから、先生もそん
なに厳しくは叱責なさらなかったけど、酒器がないのは困るとおっしゃるからね。羽張彦
に代わりのものを焼けというのは無理な話だから、俺が焼いてくることになったんだ」
その代わり、羽張彦は俺の一月分の当番を全部引き受ける。そういう約束。
「……それでさっき、羽張彦が中庭を掃いてたのか」
なるほど、と忍人が腕を組む。風早が少し心配そうに、
「真面目にやってた?」
聞くと、忍人は大まじめで返答した。
「…おおざっぱにやっていた」
風早が吹き出した。
「まあ、やってるならよしとしないとね。…さて、俺はそろそろ行くよ」
よいしょ、と風早はいったん荷物をかついだが、見上げてくる忍人の視線に気付いてまた
荷物を降ろす。ふ、とその唇をほころばせて。
「…一緒に来るかい?忍人」
ぱあ、と忍人の瞳が輝く。
「かまわないのか?」
うれしいのに、忍人は一生懸命それをこらえて真面目な顔を作っている。
「…焼き終わるまでに、2〜3日かかるよ。…それでもいいなら。…形を作っている間は
忙しいけど、釜に火を入れてしまってからは俺も手が空くから、忍人が鍛錬につきあって
くれるとうれしいな」
「!…着替えを取ってくる!」
「ああ、行っておいで。…俺は先生に、忍人も行くからと報告してくるよ」
人に見つかった子兎が逃げ出すような速さでころころと忍人が奥へと走っていく。風早は
くすくす笑いながらそれを見守った。

窯は、岩長姫の屋敷から少し離れた山の麓にあった。誰か一人のもの、というわけではな
くて、近在の村人が、必要に応じて土器を焼きにくる場所なのだという。火入れに失敗し
てひびが入ったまま放置してある器や、使い余った土の山があったりして、どれもこれも
忍人には物珍しい。
「割れている土器で手を傷つけないようにだけ、気をつけてね」
おっとりと言って、風早は自らの荷物を解いた。
くるくる歩き回っていた忍人が、あわてて風早のところに戻ってくる。
「それが、割れた酒器?」
「そう。…よくもまあ、こんな見事にと思うだろう」
…確かに。誰かが剣ですっぱりやったのか、と考えてしまうくらい、見事に真半分に割れ
ている。
「これも一応、土で継いでね、焼き直してみようと思うんだけど。先生のお気に入りだか
らね。…まあでも、酒器が水漏れしてはまずいからなあ。形を作り直すしかないだろうね
え」
言いながら、風早は持ってきた壷から土を取り出し、こね始めた。
「しばらく時間がかかるから、迷子にならない程度になら探検に出ていいよ。干飯と干魚
しか持ってこなかったから、何か木の実でも見つけてきてくれると助かるし。…ああ、そ
れより、忍人も作ってみる?」
ぱちぱち、と忍人はまばたいた。
「…俺にも作れる?」
「酒器は口が細いから難しいけれど、杯くらいなら作れるよ。…一緒にやってみようか、
楽しいよ」
うん、やる、と忍人は風早の前に座り込んだ。
風早が、自分の作業の合間に作り方を教えてくれる。不格好ながらも一つめができあがる
となんだか楽しくなってしまった。
「風早、ほら、できた!」
叫んで差し出して、…忍人は唖然として目を見開く。
目の前に、酒器が二つできあがっていた。
一つは、割れた酒器を土でつないだもの。もう一つは、風早が今一から作り上げたもの。
…割れた方がかすかに小さいことをのぞけば、うり二つだ。
「やあ、初めてなのに上手に出来たね、忍人」
手を土まみれにしているのに、さわやかに風早が笑っている。
「うまく同じ厚みになっているよ。厚みに差があると、上手く焼けないことがあるんだけ
ど、これは上出来だ」
「あ、ありがとう。…あのう、風早、…それ」
忍人の目線の行方を追って、ああ、と風早は言った。
「土器は焼くと少し縮むんだ。少し大きいくらいに作るとちょうどいい大きさになるよ」
いや、忍人が聞きたいのはそこではなくて。
「そっくりだ」
「そう?…ありがとう」
照れたように風早が笑う。
「まあ焼いてみないとね。…焼いている間に縮んだり割れたりするかもしれないから、あ
と二つ三つ作っておくよ」
「……」
もう返す言葉もなくて、忍人はまた黙々と土を練り始めた。

器を乾かしている間に鍛錬して、薪を拾って、木の実を拾って、休んで、また鍛錬。
やがて、酒器が5つに杯が3つ、窯の中に入った。もう夜はとっぷりと更けている。風早
は黙々と薪をついでいる。ある程度の温度まで上がってしまえば、後はもう焼きあがるま
で放っておける、そうしたらまた鍛錬しよう、と風早は言った。
「でも今日はもう無理だ。だから先に休みなさい、忍人」
優しく風早は言ったが、忍人は首を横に振って、風早の横でじっと窯を見つめている。珍
しくて仕方がないのだ。…しょうがないね、と風早は肩をすくめた。
「火は直接見てはいけないよ。目を悪くする。君は剣を振る人だからね」
「……うん」
そう言われて、忍人はふと、風早に聞いてみたくなった。
「風早はどうして、師君に弟子入りしたんだ?」
どうしてって、…言われるほどの理由じゃないんだけどね、と前置きして、照れたように
風早は話し始める。
「先生が来る者拒まず、という方だったからだね。…俺は、四国の方の地方豪族の子供だ
から、えらい将軍様に弟子入りできるような立派な紹介状は持ってなかった。でも先生は
そんなこと気にせずに受け入れてくださった。あまつさえ、二ノ姫の護衛兼世話役に推薦
してくださった。…感謝しているんだ、とても」
「でも、風早が二ノ姫の世話役になったのは、風早の剣の腕がすぐれていて、宮中の知識
も豊富だったからだろう?」
忍人が小さく首をかしげながら聞くと、風早は寂しそうな顔をして、忍人はいい子だね、
と言った。
…忍人が何となくむっとすると、
「本気でほめているんだよ。…怒らないで」
優しく言われた。
「君は、有力な一族の子供なのに、本当に素直に育ったいい子だよ。…けれどね。宮中の
口さがない人たちは君のようには思わない。二ノ姫の護衛に付くべきは、もっと由緒正し
い一族の子弟だという声の方が多いんだ。けれど先生は、一番大切なのは、二ノ姫を危険
から守る力があるかどうかだとおっしゃって、俺を世話役候補の子供たちと対戦させた」
「こてんぱんにしたんだ」
「そこまでじゃないけれど。…まあ、そうだね」
……そうなのか。忍人は思わず吹き出した。
「先生のおかげで、姫の世話役になれた。…俺の大切な姫様のね。…先生には本当に、感
謝してもしきれない。……ああ、それから君と」
「……?」
自分がなんだというのだろう、と、忍人がけげんな顔で風早を見上げると、風早は悪戯っ
ぽい顔をしていた。
「君が俺と同じ年格好で、そのときの世話役候補に入っていたら、俺は確実に危なかった
からね。俺より年下に生まれてくれて、ありがとう」
「……そんなことで礼を言われても、ちっともうれしくない…」
むっつり忍人が拗ねる横で、くすくす笑いながら風早はまた薪をついだ。
「本気で思っているのになあ」
風早の顔を見るとむっとしそうなので、忍人は窯から立ち上る煙の向かう方を見た。満天
の星空、満月に向かって立ち上る白い煙は、まるで伝説の龍神のように見えた。
「…白い龍みたいだ」
思ったことをそのまま口に出すと、傍らの風早がびくりと震えた。
そんなに驚くようなことを言っただろうか?
逆に驚いて忍人が風早をうかがうと、風早は困ったような顔で笑っている。
「……ああ、…本当だね…」
……そんなことより、満月が、中天から西へと傾いてしまっている。ずいぶん夜が更けた
んだね。…もう休みなさい、忍人。
まだ休みたくない、もっと窯を見ていたい、と思うのに、…まるで風早の言葉で呪がかか
ったかのように、忍人のまぶたがゆっくりと重くなっていく。
こてん、と自分の隣で横になってしまった少年に、やわらかい布をかけてやりながら、風
早はさえざえとした目を暗い森の中へ向けた。
もし忍人が、起きてその風早の目を見ていたらどきりとしただろう。
……彼の瞳は、暗闇の中の猫のように瞳孔を丸く開いていた。……まるで、…本物の獣の
ようだった。
……誰もそのことに気付かない、真夜中。