ドボク 「ドボルザークの交響曲。第七番は通称ドボシチ。じゃあ、第八番は?」 昼食をとりながら、大地がなにやら響也に話しかけている。かなでは卵焼きをつまんで、 ハルは煮豆を口に放り込んで、何気なく二人の会話に耳を傾けた。今日は律は不在だ。 「…ドボハチ?」 怪訝そうながら、素直に響也が応えると、大地は満面の笑みで、正解、と言った。 「じゃあ、9番は?」 「……ドボク」 「残念、外れー!」 とたん、大地はげらげらと笑い出した。笑われて響也がむっとするよりも早く、ハルが至 極冷静に指摘する。 「ドボルザークの交響曲第9番は新世界でしょう。その通称が充分短いから、それ以外の 略称では普通呼びませんよ」 「あ、そっか」 ぽんと手を打ったのはかなでだ。響也は真っ赤になって口をぱくぱくさせている。 「いいなあ、響也の反応。素直で。律に言ったらあっさり新世界って言われたよ。つまら なくってさ」 しみじみ大地が言ったとたんにようやく響也が叫んだ。 「人で遊ぶなー!」 「というか、部長の反応が普通なんです。こんな他愛のないことにひっかかるのは響也先 輩くらいじゃないですか?」 「なんだと!?」 …大地に向かうはずだった怒りが一気にハルに向かう。ぎゃあぎゃあわめき始めた響也に 実は意外と怒りっぽいハルがいちいちむきになって言い返すのを、大地は苦笑で眺めてい る。 「止めないんですか?」 「そのうちね」 今の内に少しエキサイトしておけば、昼からの練習でいい感じに力が抜けるかもしれない し。 大地は飄々と言って、のんきに食事を続ける。かなではため息をついて、…大地にならい、 食事に戻った。夏空の下、言い合い続ける二人は、既にきっかけが何だったのか完全に忘 れ果てているようだった。