GIRLS’ PARTY 「ニア、またこんなところで寝てたの?…風邪ひくよ」 ふわりといい匂いがしたので薄目を開けると、ソファで寝ているニアの目の高さにしゃが みこんで、かなでがニアを見ていた。 「……問題ない、もう春だ」 小さくあくびをしながらニアが応じると、春って言ったって、まだソファで寝るには早い よ、とかなでは苦笑する。 「昨日、遅くまでがんばってたの?」 そうかなでが聞いてくるのは、半年を超えるつきあいで、ニアがソファで倒れ込むように 眠っているときはたいてい、原稿がうまくいっていないときだと学習したからだ。部屋の 机に向かっていては新鮮な文章が出てこないとき、ラウンジやキッチン、ソファや屋上と、 ニアは原稿を書く場所をころころと変える。 「ああ、まあ。……そういえば、君も昨夜はがんばっていたみたいじゃないか、友よ」 にやり、とニアは少々人の悪い笑みを浮かべた。 「…え?」 「キッチンからずっと、甘い匂いをただよわせていただろう。…思わず、食堂やラウンジ に近づかないようにしたほどだ」 「近づかないって、…どうして?」 かなでは小さく口を尖らせた。 「いつもならつまみ食いに来るのに、昨日に限って来ないんだもの」 「原稿がぎりぎりだったからな。…私は満腹で満ち足りていると、どうも文章が物足りな くなる性分のようなんだ。空腹くらいがちょうどいい。…それに、誰かに渡すために作っ たんだろう?如月兄弟の弟のほうか、それとも兄か?…どちらにせよ、私がつまみ食いで ぱくぱく食べてしまっていいものではないだろう。こう見えて私は大食らいだ」 かなでは笑った。事実ニアは、その細い身体のいったいどこに入るのかと周囲から驚愕さ れるくらいよく食べるからだ。 「うん、ニアがよく食べることは知ってる。昼ご飯に、購買のパン、5個は食べるよね。 …あのパン、一個が結構ボリュームあるのに」 「頭を使い切ると、糖分が必要になるんだ」 だから、原稿中は食べないが、書き終わると使い切ったエネルギー分、ありったけのもの を食べてしまう。 「そうだね。…だからいっぱいいっぱい作ったのに、……本当に、昨日に限って来ないん だもの、ニアってば」 「……?」 会話の流れがつかめない。ニアはゆるりと身体を起こした。 「響也がつまみ食いで食べ尽くしちゃうかと思った。…死守したけど」 「……??」 ニアの目の前で、ふわ、とやわらかく癖のあるかなでの髪が揺れる。彼女が首をかしげた のだ。 「ね。…今日、何日だ?」 「…三月四日」 「当たり。…じゃあ昨日は?」 「三月…三日だな」 「そーでーす。…では三月三日は、何の日でしょう?」 「…。……耳の日?」 音楽家にとっては大事な日だろうと思ってそう告げると、かなではぽかんと目を丸くした 後で、ぷーっと吹き出してけらけらと大笑いした。 「…まずそれ!?…普通に考えたら、おひなさまでしょ、ニア!…桃の節句!女の子のお まつり!!」 そして差し出される、ろう引き紙とかわいいレースペーパーでラッピングされた包み。 「せっかくの女の子のおまつりだから、お菓子でパーティーしようと思って、クッキーと かカップケーキとか、いっぱい作ったの。…アイシングして、かわいくしたんだよ。…ニ アが喜んでくれればいいなと思って」 くりくりと黒目がちの丸い瞳が、子犬のようにまっすぐ素直にニアを見て、へにゃ、と笑 った。 「…ニア、大好き」 きゅ、と抱きつかれて、ふわりと溶けるのは、他人に対してニアがいつも心にまとう、氷 の壁。 それ以上近づかれないよう、踏み込まれないよう、常に放出されている冷気を、かなでは いともやすやすとくぐりぬけてくる。まるでそんなもの、存在しないとでも言いたげに。 ……調子が狂う。 ひとりごちたことも何度かあった。けれど、心の内にするりと入り込んでくるこの温もり は、愛しく、柔らかく。 「…そうか。相思相愛だったのだな、私たちは」 ちゃかすつもりでつぶやけば、そうだよと真顔で返される照れくささにも、少しずつ慣れ た。 「ここに持ってきたのは少しだけだけど、まだたくさん作ってあるから。…今日は金曜日 だし、明日のオケ部の練習は午後からだから、今日の晩は私の部屋でパジャマパーティー しようね、ニア。……約束」 差し出された小指に小指を絡めて。…こつん、と、額をぶつけ合って。 「…ああ」 うなずけば、かなではふわりと笑顔で。…つられるように、自分の表情もとろけてやわら いでいくのがわかった。 女性だとか、男性がどうとか、ジャーナリストとして、性別にこだわるのはくだらない、 と思っていたけれど。 ニアは心の中でつぶやく。 たまには、女の子だけのおまつり、というのも、悪くないかもしれない。