ハルのクリスマス


「クリスマスですか。特には何もしませんね」
あっさりとハルが言った。
「やっぱり、おうちが神社だから?」
「よその神さんの誕生日なんか祝えるかー!って?」
かなでの質問はともかく、響也の言葉にはむっとしたらしく、ハルはきれいな額にしわを
寄せる。
「時代錯誤なことを言わないでください。別に、ケーキを食べたりツリーを飾ったりする
ことに抵抗があるわけじゃありませんよ。日本では特に、神の生誕を祝うというより季節
行事の面が大きいですからね。……そうではなく、ただ単純にその時期家が忙しいので」
「忙しい?」
「ええ。人形を配ったり、集めたり。新年の破魔矢やお札、絵馬の準備もありますし」
「はいはい、ヒトガタって何ですか?」
真面目な小学生のように手を挙げてかなでが質問する。
「大晦日は一年の終わりですから、その年の穢れを祓う日なんです。ヒトガタというのは
その名前の通り人の形をした紙です。名前を書いてふっと息を吹きかけてもらうことで穢
れを人形に移します。それを祈祷と共に燃やすことでその人の穢れを祓う。…おおざっぱ
に言うとそういうことです」
「「…へー」」
興味ないような顔をして響也もしっかり聞いていたらしい。感心したようなうなり声は二
重唱だった。
「やったことないよな」
響也はかなでに同意を求め、かなでもうなずいた。応じるハルは、そうですか、とあっさ
りしている。
「神社にもいろいろありますから、そういう行事をなさらない氏神様もあると思います。
まあ、祓の行事は一例ですけど、年の終わりと年の始まりということで、その時期神社に
は行事がたくさんあるので、正直、よその神様のお誕生日どころではないですね。…昔は
榊先輩と二人でケーキを食べたりもしましたが」
「えっ?え、なんで?」
…かなでが食いついたのは最後の一言にたいしてだ。響也もわざとらしく驚いた顔でおの
のいてみせる。
「お前ら、クリスマスにデートする仲か…?」
「昔と言ったでしょう!」
ハルは怒った。無理もない。
「子供の時の話です!…今はいろいろと手伝えますが、子供の頃はあまり出来ることがな
かったので、邪魔にならないようにぽつんと一人遊びをしているしかなくて。榊先輩も、
年末はおうちの皆さんが病院で手一杯で一人ぼっちでしたから、クリスマスが平日だと、
二人でもそもそケーキ食べてゲームしてました」
・・・・・。
「…目に浮かばない」
真っ正直なかなでの言葉にハルは笑った。
「まあ、想像できても余り楽しい図ではないですよ。…なので、僕も、たぶん榊先輩も、
クリスマスの楽しい思い出はあまりないんです。……ま、先輩は今年はたぶん、楽しいい
いクリスマスになるんでしょうけど」
ハルは言葉を濁したけれど、意味するところは明らかで、響也が少しむっとした顔になっ
た。
「お前にとっちゃ二人とも他人だから、そういう気楽なことが言えるんだ」
「お言葉を返すようですが、僕だって最初から素直に二人を祝福できたわけじゃありませ
ん。…でも今は、これでよかったと思えます」
「……うん、そうだね」
うなずいたのはかなでだ。
「わかる。私もそう」
「ですよね。…響也先輩も早く祝福できるようになってください」
「……何だよ、その微妙に上から目線なセリフは」
「早く大人になってくださいねって言ってるんですよ。上から目線にもなります」
「おーまーえー!」
がー!と怒りかけた響也に、ハルは冷静だった。
「…一度、響也先輩に言おうと思っていたんですが、たかだか一ヶ月ちょっとの差で、あ
んまり先輩顔しないでください」
・・・・・。
「あー、そうだよねー」
とっさに口がきけない響也に代わって、かなでがのんびり言った。
「ハルくんは五月の四日生まれだっけ?響也は三月三十一日だもんね。ほんとに一ヶ月と
ちょっとしか違わないんだ」
「つまり、社会に出れば同じ年です」
「……う」
「もちろん、たとえ数日でも長である以上、相応の敬意は払いますが、響也先輩にもそれ
なりに意識していただきたいですね。…ほ、と、ん、ど!…変わらないんですから」
「…うう」
響也はうなる。ハルはふんと鼻を鳴らす。かなでの楽しそうな笑い声だけが鈴のように明
るかった。