羽根の色 久しぶりに橿原に遊びに来たサザキが、日の当たる中庭で、のんびりと羽根の手入れをし ている。執務室でその姿を眺めていた千尋が、ふと口を開いた。 「ねえ。いつも丁寧に手入れしてるけど、日向の民って、やっぱり羽根が綺麗な方がもて るの?」 んん?と顔を上げて千尋を見たサザキは、自分の翼をちらりと見てから、いや、と首を横 に振って少し笑った。 「俺が手入れするのは単に、ゴミが挟まってたら落ち着かなかったり気持ち悪かったりす るってだけのことだ。姫さんだって、髪の毛に寝癖がついたら直すだろ?」 …確かに。 「じゃあ、羽根の色は?色が綺麗とか汚いとかは、恋をするのに関係ないの?」 「いや、…そりゃまあ、全く関係ないとは言わないが、…だがまあ、俺たちにとっちゃ、 羽根の色なんてものは特徴の一つに過ぎないからなあ」 「…?」 千尋がゆっくりと首をかしげたので、つまりだ、と言いながら、サザキは庭から千尋の執 務室の窓に寄りかかり、窓枠に組んだ腕を載せた。 「日向の民の羽根は一種類じゃない。早く飛べる羽根、遠くまで長く飛べる羽根、小回り がきいて、狭いところでも自由に飛べる羽根、空中で止まっていることが得意な羽根もあ るし、猛スピードで上昇したり下降したりってのが得意な羽根もある」 渡り鳥の羽根と家禽の羽根、猛禽類の羽根と小鳥の羽根はちがう。 「羽根の色ってのは、そういう羽根の種類に過ぎないし、どの羽根が好きかはみんなそれ ぞれちがってる。そもそも、羽根に恋する日向の民もそんなにいないんじゃないかと思う しな」 「そうなの?」 小首をかしげた千尋に、そうさ、とサザキはうなずく。 「中つ国の民と何も変わらないさ。…姫さんが忍人を好きなのは、顔だけで判断してるわ けじゃないだろう?…あの仏頂面がよくってほれたんだとしたら、姫さんの好みはよっぽ ど変わって…おっと」 真っ赤になって千尋が投げつけてきた青い橘の実を、笑いながらサザキはかわした。ちょ うどそのとき、まるで計ったかのように、なんだ騒がしいなと言いながら忍人が執務室に 入ってきたので、千尋はさらに赤くなり、サザキは天を仰いで哄笑する。 笑い声は、青い空に吸い込まれるように消えていった。