ハロウィンキャンディ 「千秋、何やこぼしながら歩いてんで」 「あ?…あー、飴ちゃんか」 千秋は首をすくめて、蓬生が拾ったそれを受け取った。そのままズボンのポケットに押し 込もうとしたが、無理に入れると別のアメが落ちそうになる。千秋は舌打ちした。 「ハロウィンやから、て、めったやたら飴ちゃんもらうんやけど、俺、そんなに飴ちゃん 好きやないし、やるわ、蓬生……て、言うても」 千秋はまじまじと蓬生のポケットを見た。 「……蓬生も、ようさん持っとうなあ」 「うん、まあ。…せやけど、千秋ほどやないわ。…千秋はやっぱりようさんもろてんなあ」 そう言って、蓬生は何故か、ふふふ、と嬉しそうに笑った。 「千秋、愛されてんなあ。…何や、めっちゃうれしい」 「……はあ?」 千秋は眉を上げた。 「何で蓬生がそんなことうれしがるんや?」 「何でて、…俺、千秋のことめっちゃ好きで、めっちゃすごいって思とって、自慢やもん。 その千秋が皆から愛されてるん、うれしいに決まってるやん」 「……」 千秋はがしがしと頭をかいた。 「……何や、ようわからん…」 「せやろか」 逆に蓬生が首をひねる。 「大事な人が他の人からも大切にされてるん、見るんはうれしいで。ないがしろにされて たら悲しいやんか」 「それはそうかもしれんけど…。…俺はもしお前が俺の目の前で他の奴からちやほやされ とったら、むっとすると思う。俺の蓬生にべたべたさわんな、って」 千秋はそう言って手を広げ、いきなり蓬生をぎゅっと抱きしめた。 「…千秋」 蓬生は困った子供をなだめるような声で千秋を呼んだ。 「いくら放課後で人気がないからって、中学校の廊下で何してん」 「ハグや。なんか文句あるか」 「…文句はないけどなあ…」 蓬生は困った顔で、…それでも千秋の腕を無理にふりほどこうとはしなかった。 揺れる髪から漂うシャンプーの香りにどきりとしたことを気付かれたくなくて、千秋はこ とさらにポーカーフェイスを装った。治ったばかりの身体のこともあって、あまり走り回 ったりすることのない蓬生の肌は、千秋と違って汗ばむこともなく、いつもさらりとして いる。自分とは色合いの違うその指先を、自分の肌の色と見比べるたび、千秋は何となく 落ち着かない気分になる。 「いくら人がおらん言うても、あんまり長いことこうしとったら誰か通りかかるやろから、 このへんにしとこ」 「友達同士でハグして、何か問題あるか?…キスしてるわけやなし」 言いながらも、千秋はそっと蓬生の身体を放した。 「……もっとも、…恋人同士のハグなら話は別だ。…恋人同士のハグやキスは、内緒です るからどきどきする。…人前でおおっぴらにしとったらときめかん」 …なあ、蓬生。 「お前がハグされて人目を気にするのは、…俺のハグを恋人のハグと考えるからか?」 「……な」 ぱあっと、蓬生のこめかみから頬にかけて、きれいに朱が散った。 「何いきなり言い出すねん、千秋!」 「俺は別に、友達のハグじゃなく恋人のハグでもかまわんが」 「せやから、いきなり何を…!」 「いきなりやない」 千秋は蓬生のあごを取って、ぐい、とのぞき込んだ。 「俺はもう、ずっと前から覚悟決めてる。……お前が考えてるより、俺は真剣で、本気や で。……覚えとき」 「ちあ…」 戸惑いの声をあげかける唇に、だまっとき、と指を一本当てて。 「…はよ、俺が他の奴らにちやほやされてるん見て、やきもきするようになってや、蓬生」 そう囁いて、指一本越しに、キスをする。 「……っ」 蓬生は声を詰まらせた。千秋は笑って、蓬生の体を解放する。 「飴ちゃん、やっぱり自分でなめるわ。…蓬生の覚悟が決まるん、まだまだ先みたいやし、 それまで口が寂しいやろしな」 背を向けて、数歩歩いて。…固まったまま動かない蓬生を振り返り。 「…いらんかったら、蓬生の飴ちゃんももろたろか?」 にやりと笑うと、蓬生がリンゴのごとく顔全体を真っ赤にした。声を上げて笑い、千秋は さっさとまた歩き出す。追うことをためらっている足音に耳をすませて、心の中だけでつ ぶやく。 −…はよ、追いついてこい、蓬生。…俺の気持ちに。俺はずっと、待ってんねんで。