星空に降る君の音


プラネタリウムに誘ってきたのは律だった。それだけでも驚きなのに、招待券まで準備し
ている周到さに、大地は面食らった。
が、よくよく話を聞くと、そのプラネタリウムの春からの新プログラム、BGMを作曲し
ているのが星奏の音楽科のOBで、その曲が聞いてみたいのだという。星に興味があるわ
けではなく、やはり音楽かと、大地は少し笑った。
元々星が好きな大地は、もちろん誘いに否やはない。…というわけで、卒業式も受験もす
んで、時間をもてあましているのをいいことに、平日の昼間に二人そろってプラネタリウ
ムへと足を向ける。
その日はあいにくの雨で、春休み前ということもあってか、新プログラムだというのにプ
ラネタリウムは空いていた。深く倒れる椅子に身を任せ、春の大三角形から語り起こすお
きまりの説明よりも音楽の方に注意を向けていると、…ふと、大地の耳に何かが引っかか
った。
BGMに、ひどくなつかしさを覚えるのだ。聞き覚えのあるなじみ深さを。だが、曲は新
曲だと聞いたし、旋律は初めて聴くものだ。特に郷愁を誘うメロディというわけでもない。
…では何が、と思って、…はっとする。
思わず傍らの律を見やると、彼は一心にメロディを追っているようだった。ひたりと目を
閉じて、…左手がかすかに動く。……その動き。
「…」
大地は確信した。


「いいプログラムだった」
終わってプラネタリウムを出ながら、律がありきたりの感想をぽつりとつぶやいた。…大
地は思わず苦笑する。
「解説の方なんか聞いてなかったくせに。…音楽ばっかり追っていたろう?」
「そんなことはない」
「じゃあ、プログラムの途中で説明されたうしかい座の連星、……名前、わかるかい?」
「……っ」
問われて、律はぐっと詰まった。
「…ほらやっぱり」
「…大地」
恨めしそうに見上げられる。
「ごめんごめん」
大地は笑って首をすくめた。
「…大地は、ちゃんと説明を聞いているんだな」
「音楽もちゃんと聴いていたよ。落ち着く、いいメロディだったね。奇をてらうことなく
人の心に入り込むような曲だ。…それに演奏も良かった。特にヴァイオリンが印象的だっ
たな。はっとするような音なのに、解説を妨げることはなくて冷静で、全体を引き締めて
いたね」
「……」
大地の解説に、律は無言で、…少しうつむいた。さらりと髪が揺れ、耳の先がちらりとの
ぞく。……そのほんのりと色づいた耳に、大地はそっと唇を近づけ、ささやいた。
「…あのヴァイオリンは、…律だね」
とたん、はじかれたように律が大地を見上げた。体を寄せていた大地は、おっと、と、や
やオーバーアクションで身をのけぞらせる。
「…気付いた…?」
「バカにしないでほしいな、律。…俺がどれだけ、律の音を聞いてると思ってる?」
「……」
「…もちろん、驚きはしたけどね」
そっと付け加えておどけて笑ってみせると、律は少しほどけた様子で笑い返した。
「オケ部の先輩に頼まれたんだ。OBがどこかで俺の音を聞いたらしくて、どうしても俺
のヴァイオリンを使いたいと言ってるから、って。…正直に手のことは話したけど、それ
でもいいと言われたから」
「…それで、招待券」
「…ああ」
「みんなは知ってる?」
「知っているのは、間に入ってくださった音楽科の先生とオケ部の先輩だけだ。他は誰に
も話してない」
「よかった」
大地が胸をなで下ろしてみせたので、律は少し怪訝そうな顔になった。
「俺にだけ秘密だったのなら、落ち込むところだった」
片目をつぶってそう言うと、そんな、と苦笑が返る。
「俺の音が使われるかどうかわからなかったから、誰にも言わなかったんだ。作曲したO
Bが俺でいいと思ったとしても、曲の採用を決めるのはクライアントのプラネタリウム側
だし」
「…なるほど」
「やはり俺の版で採用されたからとチケットが送られてきたとき、…行くなら絶対大地と、
と思った」
その言葉は大地の心をくすぐったけれど。…どうしても、まだ聞きたいことがあって。
「でも、プログラムが始まる前に教えてくれなかったね。……どうして?」
「……」
律ははっきりと困った顔をした。…それがかわいくて、もう少しいじめてみたくなる。
「俺を試した?……俺が、律を見つけられるかどうか」
「……そういうわけじゃ、ない」
「じゃ、どうして?」
「どうしてだか、わからない」
ゆるゆると横に振られる首。
「誰よりも先に大地に伝えたくて、今日ここに誘ったのに、いざとなると勇気が出なかっ
た。……でも」
見上げた瞳に、強い信頼が宿る。
「…見つけてくれて、ありがとう」
…大地は突然、律の手を引いて歩き出した。
「…大地?」
驚く律を視線でなだめ、雨の上がった戸外へ出て、くるりとプラネタリウムの建物の外壁
を回って。
「……我慢の、限界」
人目を避けた場所で、きつく律を抱きしめる。
「そんな、人を信じきった目で見るもんじゃないよ、律。……抱きしめたくなるだろう」
「…もうしてるくせに」
腕の中に収まりながら、律が小さく笑う。
「……。……いいヴァイオリンだった。…あの音を聞いたときからずっと、…こうしたか
ったんだ」
大地の言葉に、律は囁くような声でありがとうとつぶやく。その左手を愛しく撫でて、大
地は回した手に力を込めた。