賢者の贈り物

葦原家には、クリスマス恒例行事があった。
ケーキを食べたり、ごちそうを食べたり、もその一つだが、一番重要なイベントは、プレ
ゼント交換だ。
音楽が鳴っている間プレゼントを回し続け、音楽が止まった瞬間に手に持っていたものが
自分のものになる。ノルマは1000円なので、しょぼくもなく高価すぎもしない。まあお
手軽なイベントだとは思うが。
「…難しいんだよ」
家から少し離れたショッピングモールまで自転車を飛ばしてきた那岐は、赤と緑と白と金
色に埋め尽くされた雑貨屋を一瞥してため息をついた。
千尋はいい。自分以外は全員、まあそこそこ似たような年格好の男性なのだから、ハンカ
チだの靴下だの、適当に紳士物を選べば誰に当たってもそう文句は出ない。
風早は、保護者としての気概からか、いつも図書カードや文具券だ。それはそれで、学生
なら誰でも使える。
だが自分は、千尋に当たっても風早に当たっても忍人に当たっても問題なさそうなものを
選ばなければならない。…これは結構な試練だ。と思う。
去年、思い立って小綺麗なクッキーのセットにしてみた。千尋も風早も甘いものは好きだ
し、忍人に当たったら彼は千尋に渡すだろう。千尋が喜べば、忍人も本望だろう、これは
なかなかいいぞ、と思ったら、……蓋を開けてみれば忍人も同じことを考えていて、おま
けに忍人のプレゼントは那岐に、那岐のプレゼントは忍人に当たってしまった。
那岐も、そう甘いものが好きなわけではない。忍人からもらったチョコのセットを千尋に
進呈すると、忍人からも当然のようにクッキーをもらった千尋がぶんむくれてしまったの
だ。曰く、これじゃあ、プレゼント交換の意味がない。…ごもっとも。
……というわけで、那岐は今、忍人でも千尋でも使えてあたりさわりのないもの、という
ものすごく難解な命題を前に苦悩しているのだった。
雑貨屋には、女の子が喜びそうなクリスマスカラーの食器だの、ふわふわあたたかそうな
スリッパだのが並んでいる。
…クリスマス柄の食器にするかな。那岐はこっそりひとりごちる。
…実は、最初の年にもう使ってしまっているネタで、そのとき贈ったトナカイの絵のつい
た大きなマグカップは風早に当たり、彼は毎朝それでコーヒーを飲んでいるのだが、柄を
変えれば、風早にさえ当たらなければ問題ないだろう。
……風早に当たらなければ、だが。
「……もうちょっと考えて、最終手段にしよ」
はあ、とため息ついて歩き出した那岐の背中を、ぽん、と誰かが叩いた。
全くの不意打ちだったので、那岐が思わずびくぅっ!と大きく肩をふるわせる。…それを
見た、那岐の背中を叩いた主は、
「…すまない」
申し訳なさそうにつぶやく。…忍人だった。
那岐が振り返ると、彼はシャツ一枚にジーンズという軽装で立っていた。かろうじて、腕
にフリースの上着を持っているので、その格好でここまで来たのではないことはわかる。
「…また走ってきた?」
「それ以外にどうやってここに来るんだ」
「……」
郊外型のショッピングモールは車で来ることが前提になっていて、公共交通手段的には不
便な場所にあることが多い。このショッピングモールもその例にもれず、最寄りの駅から
は少し離れている。葦原家に一台だけある自転車を那岐が使ってしまえば、忍人は歩くか
走るしかないだろう。
……ここまで走ってきて、額に汗一つかいてないのが謎なんだけど。
…那岐は、しかし、そこはつっこまないことにした。
「那岐もプレゼントか」
「そう。…もうお菓子にはしないよ」
くく、と忍人が笑った。…彼も去年、千尋に拗ねられて困惑した口だ。お菓子は懲りただ
ろう。
「買った?」
「いや、まだ」
「一緒に捜す?」
誘うと、忍人は目を細めて笑った。そして首を横に振る。
「相手のプレゼントがなんだかわかってちゃ、つまらないだろう」
いつもこうだ。那岐が誘っても必ずこう言って一人でプレゼントを捜しに行く。
「…相手のプレゼントが何かわからないから、去年みたいなことになったんだろ」
那岐が少し拗ねて口をとがらせると、まあ、あれは特別だろう、と涼しい顔で言った。
「…今年は大丈夫」
「…何、その自信たっぷりの言い方」
もしかして、何買うか決めてるの?と那岐が聞いたら、まあだいたいは、と短い返事が返
ってきた。
「何買うの?」
「だから、それを言ったらつまらないだろうと」
たたみかけるような那岐の問いに、忍人がこらえかねてか笑い出した。
彼がこんな風におかしそうに笑うのは珍しい。いつも家では穏やかな笑みを浮かべて那岐
や千尋を見ているけれど、声を出して笑うことはあまりない。
…なんとなくうれしくて、那岐もつられて笑った。
「…がんばって捜してくれ。…それじゃあ」
ぽん、と頭に手を載せられて、くしゃくしゃとかきまわされる。たった4pしかちがわな
いのに、年だって4つしか違わないのに、そういう仕草をされるとひどく子供扱いされて
いる気がする。
普段ならもっとむっとするところだけれど、忍人が(たぶんプレゼントを何にするか決め
たからだろうが)いつになく機嫌がいい様子なので、那岐は黙ってされるがままになって
やった。
…もっとも、忍人は拍子抜けしたらしく、怒らないのか、と那岐の顔をのぞき込んできた
けれど。
怒っていいという許可だと考えて、那岐は忍人の肩に本気じゃないパンチを一発食らわし
た。

忍人と別れて、那岐はまたぶらぶらプレゼントを探し始めた。敢えて忍人が向かったのと
は別の方角に向かう。
その足が、ふと止まった。他の店とは少し色合いがちがうその店構えの、店頭に並べられ
た商品に目を留めて。しみじみ検分して。
…やがて、那岐はにやりと笑った。

「じゃあ、いきまーす」
千尋がMDを流し始めた。曲がどのあたりで止まるかを知っているのは千尋だけ。そし
て他の三人が全力でプレゼントを回し続けるので、千尋が気になるものを手元にとどめて
おく余裕は与えられない。曲が止まったとき、自分の買ったものに当たってしまったとき
だけ、隣の人に回す。そういうルールだ。
千尋の隣に風早が、風早の隣に忍人が、忍人の隣に那岐が、そしてその逆隣に千尋が座っ
て、プレゼントを回し始める。
曲が止まった。
千尋のプレゼントを風早が、風早のを忍人が。忍人のを那岐が、那岐のを千尋が。
一斉にプレゼントを開け始める。おもしろいのは、誰も乱暴にばりばりと引き破ったりし
ないことだ。風早はのんびり、忍人は生真面目に、那岐はとろとろと、千尋は大事そうに、
みなゆっくり包みを開く。
一番最初に開いたのは風早だった。出てきたのは温かそうな焦げ茶色のスリッパだった。
男性用の大きさだ。
「ありがとう、千尋。大切にしますよ」
その言葉に、千尋は少し顔を上げてくすぐったそうに笑った。
次に忍人。彼がもらったものは図書カード。風早は例年通りの手を使ったらしい。
「…ありがとう」
「芸がなくてすいませんね」
千尋がまたそれ?と言う前に先手を打とうとしてか、風早が頭をかきながら言った。
最後に、那岐と千尋がほぼ同時に包みを開き終えた。
「…あれ?」
開き終えて、那岐は思わず包み紙を確認する。…いや、自分の買ったプレゼントの包み紙
ではない。だが出てきたのは。
「…あれ?」
千尋が那岐の手元を見て不思議そうに首をかしげた。自分のプレゼントを掲げてみせて。
「……一緒?」
二人の手元には、そっくりの和風リースがあった。造花の松を丸く形作ったところに、凧
だの羽子板だのといったお正月の景物のミニチュアが飾り付けられている。ミニチュアは
多少違うが、水引が結ばれているところまでそっくりだ。
「……」
忍人は那岐を見た。那岐は忍人を見た。…そして互いに、気まずそうに気恥ずかしそうに
そっぽを向く。
ぷっ、と吹き出したのは風早だ。
「…確か、去年も同じものだったね、那岐と忍人は」
千尋は苦笑混じりのため息をついた。
「よっぽど気が合うのね、お兄ちゃんと那岐」
ちがうぞ、と那岐は思う。
千尋に当たっても風早に当たっても忍人に当たっても問題なく使えそうなものを選ぶと、
千尋に当たっても風早に当たっても那岐に当たっても問題なく使えるものと一緒になると
いうだけだ。
…だけだが、…かぶったことに違いはない…。
「…忍人」
那岐はぽんと忍人の肩を叩いた。
「やっぱり買う前に相談しようよ」
しかし忍人はきっぱりまた首を横に振る。
「…相手のプレゼントがわかってるのはつまらない」
「この頑固者ー!」
那岐が叫んだ。千尋が笑う。風早はさっきからずっと笑っている。忍人はわざとむっとし
た顔をしていたが、とうとう笑い出した。…だから那岐も笑う。
プレゼントを相談したくない頑固者も、毎年同じネタでごまかす不精者も、この困ったイ
ベントの言い出しっぺの誰かさんも、みんなまとめて大好きだ!
…口に出しては言えないけれど、心の中ではこっそり叫んでる。いつだって。

大切な家族のみんなに、どうか幸いがあるように。
メリークリスマス!