肝だめし 「へえ。肝だめししたんや。…ええなあ。そんな楽しいこと、俺らが来るまでおいといて くれたらええのに」 「別に楽しかねえっ!」 悠然と笑う蓬生に響也がかみつく。すると今度は千秋が口を挟み、 「そう言うなよ。俺たちが参加したらもっと演出入れて恐怖効果を倍増してやれたぜ?」 等というので、より一層響也は反発した。 「だからいらねえって言ってんだろうが!」 騒がしいやりとりに呆れつつ、時計を確かめた大地は、ゆっくりと腰を上げた。 「俺はそろそろ帰るよ。…ハル、一緒に……。……あれ?…ハル?」 「ハルちゃんは、寝ちゃいましたー」 従弟の新が場所を教えるように片手を挙げ、もう片方の手で、しー、と唇に指を当てる。 彼の傍らでもたれるようにして、ハルはすやすや眠っている。 「…おいおい」 思わず大地がつぶやくと、 「疲れているんだろう」 律がひそやかに苦笑した。 「今日は暑かったし練習もきつかった。そこへもってきて、晩は夏休みの宿題の先生役だ。 …起こすのもかわいそうだし、泊まっていけばいい。どうせ部屋もベッドも空いてる」 「俺、ハルちゃんのおばさんに電話しよ」 律の言葉を後押しするように、新がハルの頭を隣にいた火積にまかせ、携帯を取りだして ラウンジを出て行ったので、大地は首をすくめた。 「せっかくだから、大地も」 律の勧めに首を振る。 「いや、俺は帰るよ。…じゃあ、また明日」 …じゃあまた明日、と辞したのに。 「…何故ついてくるんだ、土岐……」 大地は額を押さえた。数歩後ろを歩く土岐は涼しい顔だ。 「別に君についていってるわけやないで。俺が行こうとする方向に君が向かってるだけや」 「本気で肝だめしの現場を見に行くつもりなのか?」 「何か問題でも?」 けろりと言われて、ため息が出た。 「一人で肝だめし?…物好きにもほどがあるだろう」 「俺の物好きはいつものことや」 「それに、墓地に着くまでに結構急な階段がある。明かりも少ないし、一人で行くのはや めておいたほうがいい」 「ほな、そこまでつきおうてや。階段までで帰るから」 「………」 どう言っても諦める気配がない土岐に呆れ、頼まれると断れない自分の世話好きを呪いな がら、大地は渋々土岐の物好きにつきあうことにした。…実際、寮から大地の家までの道 と墓地への道はそう大きく外れているわけではない。墓地を通り抜けた方が近道になるく らいなのだが、土岐にも説明したとおり街灯がなくて足元があまりよくないので通らない だけだ。 「…ここなん?…ほんまや、結構急な階段やのにめっちゃ暗い。……何でもっと明るせん のやろ」 「夜中に墓地に用事がある人間がそんなにいないからだろ。…納得したら、もう寮に帰れ よ」 「えらい帰りたがるなあ。…怖いん?」 「じゃなくて、危ないって言って……」 「……っと……っ!」 にやにやしながら階段の下をのぞき込んだ土岐がぐらりとバランスを崩す。宙に浮きそう になった身体は、間一髪大地が手を伸ばして腕を掴み止めることでことなきを得た。 「…やばかった…。…ごめんな、榊くん。助かったわ」 「……」 「…榊くん?」 土岐が眉をひそめた。 「…真っ青やで、どないしたん」 「……」 「……?……あ」 声が出ない大地に、はたと、土岐がひそめていた眉を開く。 「……そうか。…トラウマ?」 「…っ!…何も知らないくせに!!」 条件反射で叫んだ声は、大地自身が驚くほど上擦り、取り乱していた。どんな顔をしてい るのかは自分ではわからないが、さすがの土岐が顔をしかめたのでよほど必死の形相でい るのだろう。 「……ほんまに、トラウマなんや」 「君には関係ない」 ぶっきらぼうに大地は言った。 「…悪かった」 「関係ないんだから謝ることはない」 繰り返されると余計に苛立つ。だから話を断ち切ろうと大地はすぱりと土岐を遮ったのだ が。 「…ちゃうねん。…ほんま、ごめん、て」 土岐は土岐で、苦い顔をしていた。 「今の、…わざと、やった」 ……。 「…は?」 「ほんまにこける気はなかったんやけど、ちょっと滑ったふりしておどかしたろって思っ たんや。……如月くんのこと、ちょっと頭から飛んどったな。していい冗談やなかった。 …ごめん」 「……」 大地は息を吐いた。そんなはずはないのに、苦い味がした。 「…怖がらせてしもた?」 「…いい具合に涼しくなったよ」 …ふ、と、苦いながらも土岐が笑う。 「憎まれ口が戻るようやったら、平気やな。…よかったわ」 明らかに安堵が見えるその口調に、今度は少し大地が戸惑った。 「……」 「…何。悪かった、言うてるやんか」 「…いや。…思ったより土岐がすまながってくれたから、逆に驚いてる」 「人を何やと思てんねん、君は」 ため息をつきつつ鼻を鳴らすという器用なことを、土岐はした。 「俺は確かに、君をおちょくるん好きやし、君を怒らせても何とも思わんけど。…君の如 月くんへの感情をおもちゃにする気はない。君かて俺に千秋のことでふざける気はないや ろ。…一緒や」 「…」 「その人が一番大事にしてるもんはわかる。それにはさわらん」 言って、土岐はまた苦笑する。 「…て、言うて、こないたちの悪いいたずらしてたら、めっちゃ嘘くさいけどな。……さ、 気ぃすんだし、帰ろ」 くるりと土岐は背を向けた。数歩進んで大地を確かめるように振り返る。 「…借り一つや。覚えといて。…そのうち返すわ」 大地は眉を上げた。 「…俺をおどかしたから?」 「いや?…肝だめしに付き合わせた分の、借り」 明かりの少ない道でも、闇に慣れた目には土岐の薄い笑いがはっきり見えた。…大地も静 かに笑い返す。 「…それは、じゃあ、そのうち返してもらおうかな」 互いの価値観が、踏み込む距離感が、少しずつ見えてきた。苦手感は変わらないけれど、 応酬を楽しいと感じ始める。 ……何かが、変わろうとしていた。