記念写真


「なあ、しょうもないこと言うていい?」
のんびり異人館街をうろつきながら、ふと蓬生が言った。
「…何?」
「俺、今ふっと思ってんけど、榊くんが如月くんのこと好きやーて言うてても何とも思わ
んけど、もし千秋が如月くんに惚れたって言うたら打ちのめされる気がするわ」
「……」
大地は思わず額を押さえた。
「…何でまたいきなりそんなことを思いついたんだい」
「いや、何となく」
まあでも、と少し蓬生から目をそらして、大地はため息混じりにうなずく。
「わかる気はする」
「うん?」
「土岐が東金のことを好き好き言う分には、それはもちろんそうだろうと思うだけなんだ
が、律がもし一言でも東金を、…音楽とかじゃなく、そのなんというか、そういう意味で
好きだと言ったら、俺は立ち直れない」
「……」
今度額を押さえたのは蓬生で。
「…。…それはまあ、そうかもしれんけど、……なあでも、その仮定は成り立たんやろ」
「何故」
「如月くんがそういう感情を理解する男やったら、榊くんは今ここにおらん」
「……」
苦笑いする大地の顔に、蓬生はすかさずレンズを向けた。
慌てて大地がレンズを手で塞ぐ。
「やめてえな、レンズに指紋つく」
「ってったって、先刻から何なんだ、やたらと写真ばっかり。…俺の顔なんか撮ってもお
もしろくないだろ、合流してからひなちゃんを撮りなよ」
「ええやん。今日は榊くんが百面相でおもろいし」
「…あのな」
苦虫を噛み潰したような大地の顔を、くす、と蓬生が笑った。その顔も撮りたいわあ、と
つぶやいてから。
「またしばらく会えんねんし、観光や、いうて堂々とカメラ構えて訝られん機会もそない
ないし、黙ってモデルになっとってえな」
「…とかいって、本当は写真を見返す気もないくせに」
大地がぶつくさ言うと、榊くんは賢いな、ばれた?と蓬生はけらけら笑ってから、…ふと
静かな声で付け足した。
「…ええねん、見んでも」
「…」
大地がおもむろに蓬生に向かって手をつき出す。
「何?」
「カメラ、貸して。…観光で写真を撮るなら、お互い写し合うのが自然だろ」
蓬生は鳩が豆鉄砲食ったような顔をしてから、吹き出した。
「自分のカメラに地元で撮った自分の顔のデータが残ってもな」
くつくつと笑う蓬生に、しかし大地は意外と真剣な顔を向ける。
「じゃあ、俺に写真を送った後で、そのデータを削除すればいい」
ふっ、と蓬生が笑い収めた。…困ったような顔をしているのは、大地の気のせいではない
と思う。
「…そっちこそ、俺の顔なんかいらんやろ」
「一枚くらい、もらってもいいだろう」
「…」
「…」
目を見交わして。互いに視線をそらして。…そらしたまま、蓬生は言った。
「風見鶏の館でも行こか?…もう、めっちゃいかにもな観光写真が撮れる。神戸来ました
ー!みたいなやつ」
「いいね。行こうか」
それからあとはずっと他愛ない話しかしなかった。せっかく二人で並んで歩いているのに、
それ以上のことを約束するのが怖かった。


ふざけながら撮った写真。蓬生が送ってきたその一枚を、大地は自分の机の引き出しに奥
深くしまい込んだ。
見返すことはないかもしれない。けれど、ここにある。
…今はただ、それだけでいい。