声と言葉と切なさと 冬の夕暮れの公園は、犬を散歩させる人がぽつぽつと通りかかるくらいで、ほとんど人気 がない。クリスマスコンサートまでの時間つぶしにぶらぶらと並んで歩きながら、蓬生が ふと、何か思いついたという顔で声を上げた。 「めっちゃどうでもいい話やねんけど、試しに質問してもかまへん?」 「…?…何だい」 大地が何気なく応じると、あんな、と蓬生はごくごく真顔で、…こう言った。 「愛してる、て言うたら、なんかかゆくならへん?」 ・・・・・・・。 「…は?」 「てゆーか。俺は、好きやって言うんはもう、心の底から『好きやー!!』って言えるん やけど、愛してるって言うんは、心の中で(かゆいわー)って思いながらやないとよう言 わんねん」 「…。それはさ」 大地は思わず額を押さえた。 「関西弁かそうじゃないかの話じゃないのかい」 「…ん?」 「好きや、っていうのは関西弁だろ?でも愛してるっていうのは標準語じゃないか」 「…あー。…いや、ちゃう。…愛してる、を、関西弁に語尾変換しても、かゆいもんはか ゆい」 なあ、どない思う?と蓬生がなおもたたみかけたら、大地に微妙な表情で見つめ返された。 「…ところで君は、それを誰に言おうとしてるわけ」 「何を」 「…俺に言わせるのか……。……まあいいけど。…だからさ。君は誰に、好き、とか、愛 してる、とか、言おうとしてるんだい」 「そら…」 言いかけて。 「…ああ」 蓬生はぽんと手を打った。 「そうか。…なるほど、相手が榊くんやって思うからかゆいんか。…なるほど」 「……」 答えを聞いてむっつりと拗ねた顔になった大地を見て、蓬生はげらげらと笑った。 「そない、墓穴掘った、みたいな顔せんでもいいやん。…すぐに君を思い出したんは、君 以外に好きやなんて言う相手おらんってことやで。…せやろ?」 「…口が上手いね」 「ほめてもろて光栄やわ」 ほめてない、と大地の唇が動いた。声は出さなかったので、蓬生は無視した。 「…ところで、試してみる気、ない?」 「…何を?」 「自分やったらかゆいと思うかどうか。…君も試しに言うてみいひん?…練習台やったら ここにおるし」 誘いかけるように敢えて艶然と微笑んでみせると、大地はまた額を押さえる。 「…君が相手じゃ、練習にならない。……俺に言わせれば本番だよ」 大きくため息を一つ。…それから大地はおもむろに蓬生の腕をぐいと引き、コートにくる みこむようにして抱きしめて、耳の傍で囁いた。 「……愛してるよ、蓬生」 抱きしめられた胸を、かすかに押し返して非難の意思を表しながら、蓬生は小さく尖った 声で言った。 「…人が見とう、……大地」 「こうしていれば、君は後ろ姿しか見えない。…後ろ姿の君なら、背の高い女性に見える よ」 「そういう問題やない。…そもそも、身体放すときにばれるやろ」 「誰もいなくなるまで放さない」 「…阿呆か」 「何とでも」 蓬生は先刻の大地を真似するように、大きなため息をつき、…力を抜いて、大地の腕にそ の身を預けた。 「……で」 「…何?」 「どうやった。…かゆい?」 「いいや。…へでもないね。何ならもう一回言おうか?」 「いらんわ、一回で十分や。……君みたいな恥知らずに質問した俺が阿呆やった。今度は もうちょっと繊細な奴に質問しよ」 蓬生がぶつぶつと言うと、間髪入れずに大地が低く押し殺した声を出した。 「駄目だよ」 「…?…何で」 「他の奴にこんな質問したら、そいつが君にこんなことをするかもしれないだろう。…絶 対、俺以外の奴に質問しちゃ駄目だ」 蓬生は小さく目を見開き、く、と喉の奥で笑い声を立てた。 「……大地以上に俺に対して破廉恥な奴なんて、この世におらんと思うけどなあ……」 苦笑混じりのため息をもう一度つこうとした、そのあごをとられる。大地のまつげが蓬生 のまつげに触れるほど近づく。 「…人が…」 「もう誰もいないよ」 低い声がひどく色っぽく響いて、腰の辺りがぞくぞくする。流されそうになる。 「……」 それではいけないと必死で抗弁しかけた蓬生の声は、大地の唇の中に呑み込まれた。 「……っ」 口づけの熱さが愛しくて、切なくて。唇が離れたときにはもう、抗う気持ちが消え失せて いた。 ……切なさに押されるように、愛してる、と言おうとして、…やっぱりどうしてもむずが ゆく、蓬生はほとりと、息のような囁き声で、好きや、とだけ、大地に告げた。