ラブレター


オケ部を引退してから、まだ部活に顔を出している律と受験勉強に専念している大地は、
すれ違いが多くなった。時間を合わせて下校するのは数少ない一緒にいられる時間で、律
は部活が終わると必ず大地を図書館に迎えに行く。
今日は練習が早めに終わった。律が図書館でぐるりと見回すと、大地はいつもの席で何か
を見ながら少しぼんやりしていた。
「大地」
声をかけると、はっと我に返った顔で軽く目を見開き、律を見上げる。
「…律。…もうそんな時間かい?」
「今日は少し早く終わったから」
答えてから何気なく大地の手元を見て、はっとする。
白い、飾り気のない洋封筒がぽつりと参考書の上に置いてあった。
「…手紙か?」
大地は薄く笑う。
「…ラブレターだよ」
さらりと言われた一言に、律は少しどきりとした。遠くから見たときの大地の瞳の静けさ
がじわり脳裏によみがえる。
律の表情に何を見たのか、大地はからりと明るい声で、嘘だよ、と笑った。
「土岐からだ。この間神戸へ行ったときの写真を人数分焼き増しして送ってくれたんで、
今仕分けしてたところだよ。…見かけによらず、マメだなあいつ」
ほら、と差し出された封筒の裏には、確かに見慣れた名前が書かれている。
「…見かけによらずということはないだろう。…俺には、土岐はこまめそうに見えるが」
「そうかい?…おおざっぱだと思うけどな。いつもいつも言いっぱなしでフォローもなし
だ」
「…大地にはな」
律は苦笑した。
「で、これが律の分」
「ありがとう。……夜景なのに、よく撮れてる」
「そうだね」
大地は頬杖をついて律の顔をじっと見ている。何となく落ち着かない気持ちで、律は会話
を続けた。
「…大地の写真は?」
「俺は、神戸に行ったとき、昼間土岐と一緒に行動して写真が多かったからね。先に抜い
てきたよ」
「そういえばそうだったな。……二人で撮った写真もあるのか?」
言ったとたんに大地がげっという顔をした。
「冗談だろ、勘弁してくれよ。女の子ならともかく、なんであいつと一緒に」
「いや、一緒に観光したなら一枚くらい」
ないない、一枚もない、と大地は手を振った。
「昼間に関しては、二人一緒どころか、俺一人の写真さえないよ。風景ばかりだ。カメラ
を持っていたのは土岐だしね。俺の画像なんか、データに残したくないんだろう」
いかにも嫌そうに話し続ける大地の様子がおかしくて、律はようやく気持ちがほどけ、く
すくすと笑った。
「景色か。…そういえば、せっかく神戸に行ったのに異人館街を見なかった。……見たい
な、その写真」
何気なく言った一言だったのだが、その瞬間大地がびくりと震えたように思えて律ははっ
と目をこらす。
「……大地?」
「…ああ、うん。……今度持ってくるよ」
さらりと言って笑うと、もういつもの大地だ。だがあの一瞬の動揺は何だったのだろう。
「…写真が楽しみだ」
「うん。持ってくるから」
不審さから念を押すと、大地は子供をあやすような言い方をした。
…その言い方に、律はふと確信する。
……大地はきっと、写真を持ってこない。
何故そう思うのかは自分でもわからない。確とした理由もない。だがどうしてもそう思え
てならない。
…不意に、背筋をすきま風に撫でられたかのような不安感に襲われ、律はぶるりと身を震
わせた。
「…律?」
「……何故かな」
「…何が?」
「最近、不思議に思うことがある。…大地がそうやって土岐と一緒に行動したり、手紙を
やりとりしたり、それなりに仲良くして本気のけんかなんかしないってわかってるのに、
……なぜだか時々、二人を思うと不安になるんだ」
……どうかしているな、俺は。
うつむいて首を振ってから、なあ、と同意を求めようと顔を上げると、大地が不思議な色
の目をしてじっと律を見ていた。……そして、変なことを言う。
「俺はずっとここにいるよ、律」
………?
「何があっても、俺は律の傍にいるよ。律が受け止めてくれるなら、俺の手はいつだって
ここにあるから。……信じて」
「……大地……?………何………?」
わけがわからず、律がぽかんと目を丸くすると、ふっと大地は笑った。
「いいんだ、気にしないで。…単に、ついでだからちょっと主張しとこうかなと思っただ
け」
「…主張、って」
「…俺がずっと、律の隣にいるってこと」
それが今の自分の不安と何の関係があるのか、律にはわからなかった。
けれどいつもなら律を何より安心させてくれる大地の瞳が、今は不安をあおるものでしか
ない。律を見つめる大地の目は、何かを請うような不思議な熱を帯びている。
律は目を閉じて、ゆるゆると何回か首を横に振った。その手の甲に、大地がそっと自分の
手を重ねる。
……その手の温かさはいつもの大地と変わらなくて。
……律を少しだけ、ほっとさせた。