まだ君を愛してる 誕生日プレゼントは何がほしいかと聞いたら、相手が「酒」と答えたので、 「阿呆。一年早い」 蓬生はあっさりといなした。電話の向こうで、大地は喉で笑っている。 「ちぇ。間違えなかったか」 「間違えるわけないやろ、未成年。…誕生日来たかって、まだやっと十九やんか」 嘆息しながらつぶやく蓬生の声には少々棘がある。 「八月の俺の誕生日に、えっらそうな顔してバーに誘っといて、俺の横でジンジャーエー ル飲んでた奴が何言うとんや」 大地は、自分と並べば充分成人に見えるし、酒が飲めないわけでもない。去年の夏のコン クール優勝の祝勝会、パーティー会場ではさすがに酒は並べなかったが、寮に帰ってから 三年生だけでこっそりと缶ビールを空けた時、顔色も変えず、淡々と空き缶を並べていた 大地の様子を蓬生はまだ覚えている。 それなのにあの場ではわざとらしく未成年ぶって、自分との年の差を強調してみせた。笑 っていなしながらも少々鼻白んだ気持ちを、蓬生はまだ覚えている。 だからこれは意趣返しだ。大地の好きそうな酒を選んで贈るのは、本当は全くやぶさかで ないのだが、あの一件を帳消しにするまでは、絶対に贈ってはやらない。 「何か他のもんにし、他の」 「…他の、ねえ」 大地は少し困った声になった。…ほしいものというのは改まって聞かれると案外思い浮か ばないものだ。数ヶ月前に散々経験したので、気持ちはわかる。 「……そうだなあ……」 大地はうーん、とうなって考え込んだ。…電話の相手に黙り込まれてしまうと蓬生は手持 ちぶさただが、大地の顔を思い浮かべると時間がまぎれた。何か気の利いたことを言おう と必死に考えている大地はきっと、眉間にしわを寄せ、小難しい顔をしていることだろう。 「うーん」 長くうなって。ようようほとりと、大地は言った。 「カプチーノを一杯と、熱々の、トマトとバジルとベーコンのパニーニを一つ」 「・・・・・・・。…は?」 何だそれは。…ランチか。 怪訝そうな蓬生の様子が声からでも伝わったろうか。大地はなだめるように、説明する言 葉を足した。 「大学のそばに、美味い店があるんだよ」 「……」 蓬生はそっと携帯を耳に当て直した。 熱々のできたてのパニーニに、カプチーノ。…店まで指定されて、神戸からは決して送る ことなど出来ないもの。 …それは、つまり。 「……会いに来い、て?」 静かに蓬生は言った。 「…。…まあ、…そうとも言うね」 応じる大地も静かだった。暗喩をあっさりと見破られたのに照れ笑いの一つもない。蓬生 は口をとがらせた。 「そうともいうね、やないわ。…素直に言うたらかわいげあんのに、まわりくどい」 「じゃあ素直に言おうか?…誕生日は蓬生とセックスしたい。一晩中」 −……っ! 「…っ阿呆っ!…何や、いきなり……っ!!」 腹立たしいことだが、蓬生の声は上擦った。 「ほら、素直に言っても怒るじゃないか」 電話の向こうの大地はひどく落ち着いている。…爆弾を落とした方なのだから当たり前な のだが、その落ち着きが余計に蓬生を苛立たせた。 「…まわりくどいほうがよかっただろう?」 「そういう問題やないやろ!?素直にっていうんは普通もっとこう…!」 怒りにまかせて言いつのりかけて、蓬生はそこで言葉を呑み込んだ。 −…もっと素直に、ただ、会いたい、なんて。……自分はきっと、言えやしない。 どうしてこうなのだろう、と思っていらいらするけれど、素直になれないのが自分で、大 地で、この恋だ。…どうして、ではなくて、どうしようもない、のだ。 蓬生は、携帯を持っていない方の手でくしゃくしゃくしゃと自分の前髪をかき乱した。 「…しゃあないなあ、もう」 「…何が?」 自分が。大地が。この恋が。…淡々としているのがむかつく大地の声に、そう言い返した いのを呑み込んで。 「しゃあないから、会いにいったる」 せめてもの。せめてもの自負で、上から物を言う。…それから、はたと気付いて、蓬生は 大地に問うた。 「…せやけど、…いつにする?…当日誰かと約束があるんやったら…」 「しない」 間髪入れず、むしろ蓬生の語尾を奪う勢いで、大地は応じた。 「…他の約束は入れないよ。…蓬生を待ってる」 「……」 本当だろうか。…本当だとして、…家族は。友人は。後輩は。……律は。…どうするのだ ろう。 「……待ってるよ」 それでも電話の向こうの大地の声がひどく真摯なので、…蓬生は、ぐるぐると渦巻く嫉妬 を呑み込んで、うん、とうなずく。 「…わかった。…ほなら、29日に会いに行くわ。…カプチーノの店、年末でもちゃんと 開いてるんかどうか、確認しといてや」 「あ。……そうだな、本当だ」 「自分がややこしい日に生まれたん、すぐ忘れるんやな、君は」 「好きでややこしい日に生まれたわけじゃないよ」 大地がむっつりと拗ねた声を出した。…先刻までの淡々とした声にいいようにやられてい た蓬生は、そこでようやく溜飲を下げる。 「了解、チェックしておくよ。…年末の休みに入っているようなら、別のプランを考えな いと」 いつもの大地の声だ。さばさばと、明るい。愛しさに携帯を耳に押し当て、発作的に蓬生 は、それから、と言葉を継いだ。 「な、大地。…酒のことやけど」 「…うん?」 大地にとって、それはもう終わったネタだったのだろう。蒸し返されて、少し怪訝そうだ。 …蓬生はそっと笑った。 「ちゃんと覚えとくから、…来年は、期待していいで」 …それは、今日も明日も明後日も、…一週間先も半年先も。時が過ぎてもずっときっと、 まだ君を愛しているという、約束。 「…来年の、誕生日も」 「…蓬生」 大地は吐息に近い声で囁く。 「…その先は言わなくていい。……もう、届いたから」 優しく、…それでいて劣情を必死にこらえるような声。 蓬生は笑った。笑って息だけで、…電話の向こうには伝わらない声で、そっと告げる。 …まだ君を愛してる、と。