祭りを終えて


青龍との邂逅を終えて帰ってくると、出雲郷は既に祭りの後片付けを終えていた。
先刻までの喧噪が嘘のようながらんとした空間と、それぞれの屋根の下で休む人々のおさ
まりきらない興奮が奇妙に不釣り合いで、皆、なんとなくもの悲しいような熱っぽいよう
な曖昧な顔をして、心なしか郷から顔を背けつつ、船への道をたどる。
少し遅れたのは柊だ。
郷の入口辺りでぼんやりと広場を振り返っている。
「……っ」
気付いた忍人が苦い顔をしてきびすを返そうとするのを、風早は止めた。
「俺が行くよ。…忍人は、千尋を頼む」
「……」
忍人は一瞬眉をひそめたが、仕方がないという顔をして無言で頷き、足を速めて先を行く
千尋達に追いついた。逆に風早はゆっくりと後ろへ戻って、柊の横に立つ。
「……何か、あったかい?」
柊はゆるりと、眼帯をしていない方の目を風早に向けた。
「……ああ、すいません。…気を遣わせましたね」
「いや?……もしも何かあったのなら俺も、と思っただけだよ」
柊は唇だけでやんわりと笑った。
「何か見つけたわけではないんですよ。……むしろ、何もない」
風早から、再び郷の広場へと目を向ける。
「……何もないなと思って、見ていたんです」
薄い唇は、微笑んだままだ。
「……祭りの後というのはもの悲しいものですね。……まためぐってくると、頭ではわか
っているのですが」
風早はゆっくりと目を伏せた。
「まためぐってきても、それは同じ祭りではないからね。……今年の祭りは今年の祭り、
来年の祭りは来年の祭りだ」
ふ、と、…空気がゆらいだ。
「本当に、そうでしょうか?」
柊の目は再び風早に向けられる。視線を感じて、風早も目を上げた。
「………」
見つめ合い、探り合い。……目をそらさぬまま、やがて柊は低くつぶやいた。
「……いえ。……そうですね、そうかもしれない」
自分を納得させるようにゆるゆると首を振って。
「同じ祭りがめぐっても、…同じアカシヤにつながるとは限らない。……今この祭りが導
くのは、このアカシヤだけなのですから」
淡々とした声はどこかさびて枯れて、かさかさとした響きがあった。風早は、そんな柊を
じっと見つめながら口を開く。
「…君は星の予言が見える人だから、いろいろ思うところがあるんだろうね」
「……。……かもしれません」
柊は静かな表情で切り返す。
「……そして、あなたも」
「……」
風早は、ふ、と笑った。
「……おかしなことを言うね」
「……おかしなこと?」
柊はやんわりと首をかしげ、…苦い黒い笑顔を浮かべる。
「……そうですね。……おかしなことを言いました。……忘れてください」
忘れろとは微塵も思っていない声だった。むしろどこか糾弾するような、責めるような、
…そんな声だ。
「……」
…星の一族の予言者とはいえ、彼は人だ。人に過ぎない。…風早の正体を知るはずもない。
なのになぜ、そこまで確信的なのだろうか。
風早の内心の感慨を知ってか知らずか、…柊はそっと空を見上げた。
「……今日は、よく星が流れる。……明日の戦は、嫌なことになりそうですね」
「……明日、……戦になるのかい?」
風早はそう問うてみた。わざとらしさはなく、ごくごく自然に問うたつもりだった。……
だがしかし、…柊は、またあの苦い顔で嗤った。
「……シッテイルクセニ」
「……っ!」
その声は、柊のものに違いなかったが、柊のものではないように風早には聞こえた。
何かが柊の喉を借りてつぶやいたような錯覚に、風早はらしくもなく、愕然として身を震
わせる。
一方で柊は、自分が言ったことを意識していないような、苦さもそぎ落としたさっぱりと
した声で、
「どうかしましたか?……そろそろ行きましょう。忍人に怒られてしまいますよ」
などと行って、風早に背を向け、先に立って歩き出す。
「……」
夏の夜の生暖かい風がまとわりつくように風早を撫でていく。
ねっとりと暑いのに、何故か背筋が凍る思いで、風早はしばらく立ち尽くした。