目指す光、包む光。


暗闇の中にただ一つ光があったとして。闇の中に誰かと二人きりでいたとする。
「…もし、闇の中に一緒にいる相手が千秋やったとしたら、それは出口を示す光か、目指
す目標の光やと思うんや」
蓬生がぽつりと言った。


映画を観た帰りだった。大地が普段見るのは肩がこらないアクションものが多いが、蓬生
が選んだのはドキュメンタリーすれすれのロードムービーで。自転車でひたすら大平原を
行く二人組が目にした様々な光景だけを描いたものだ。
その二人の姿はどこか千秋と蓬生に似ているような気がしたし、時には大地と蓬生に似て
いるような気もした。そんな映画の余韻に浸りながら入ったカフェで、カフェオレのボウ
ルを前に、ぽつりと蓬生がつぶやいたのがさっきの一言だった。
「長いトンネルに入って、遠くに光が見える。それに向かってはげましあって、前向いて
進む。……そんな、白い光や」
大地はコーヒーを一口飲んだ。…何も相づちはうたなかった。…蓬生の言葉がここで終わ
るはずはない。そう思っていたから。
千秋は、と切り出した以上、そしてここに大地がいる以上、彼は必ず、「大地は」と続け
るだろう。そのはずだ、と思った。…案の定、
「…大地やったら」
聞き手を意識しているのかいないのか、どこかぽうっとした目で蓬生はそう続けた。
「…もし、暗闇の中で一緒にいるんが大地やったら、それは、手元にある灯りのような気
がする。暗闇の中で安らぎを得る光。ランタンの灯、焚き火の火、…くつろいで、穏やか
な気持ちで、…肩を並べるんやのうて、その光をはさんで向き合うてるような、手をかざ
して暖まろうとするような光。きっと赤みがかってとっても暖かい光やろなって、そう思
う」
ふう、と息を吐いて。…焦点の戻った眼差しで、蓬生は大地を見た。
「うまいこと、言えんけど」
やや、首をかしげて。
「ずるい、て言われてもしゃあないけど」
目を伏せて。
「…俺にとっての千秋と大地は、…そういう感じなんや。大切さは違うけど、どっちも大
切で、…どっちの手も、放したない」
「…ずるい、なんて、言える立場じゃないよ、俺は」
大地は静かに笑って、ゆるくソファにもたれた。
「俺だって、律と蓬生を同じにはとらえられないし、どちらかの手をつかむならどちらか
の手を放せと言われても困る」
「……大地」
「焚き火を挟んでくつろいでいる場に東金もいなければ駄目だと、もし蓬生が言えば、俺
だって困惑しただろう。…でもちがうんだろう?俺と東金の必要とされている場面は違う、
だろ?…ならいいさ。……いや」
大地はもたれていたソファから身を起こし、テーブルの上にやや身を乗り出す姿勢になっ
た。そして声を少しひそめる。
「ならいいさ、じゃないな。…ちがう、と教えてくれてありがとう」
かみしめてみたら、何だかじわじわとうれしくなってきた。
「……な」
蓬生は少し赤くなった。
「何、言うてん」
「正直、東金と同じ土俵で比べられたら、俺は不利だ。今まで過ごしてきた時間も、君へ
の理解も、これから過ごす時間でさえ、東金の方が長くて深いだろう」
それはしかたがないことだ。未来はもしかしたら変えられるかもしれない。だが過去はも
う変えようがない。
「でも、君が俺と一緒にいて、何某か、東金には求めないものを求めてくれるなら。…少
しは俺も君の役に立てているんだと実感できる」
「……」
蓬生はこめかみまでほんのりと赤く染まっていた。カフェの光はオレンジがかっていて、
彼の顔の赤みをカバーしてくれていたが、大地は蓬生がほんのりと色付いていく様をつぶ
さに見て取ることが出来た。
うれしくてへらりと笑うと、
「そのにやけた顔、やめ」
と小声で蓬生が叱咤する。…いたたまれない、といいたげな風情に、ずくんと大地の中で
劣情が頭をもたげた。
「…出ようか」
唐突に大地は伝票を手にして立ち上がる。蓬生は少し虚を突かれたようだが、異を唱えは
せず、おとなしく大地に従って立ち上がった。


カフェを出ると、欠けた月が東の空に昇っているところだった。

−…蓬生が月だといい。

ふと、思う。

−…月が輝くのは黄金色の太陽の光があるからだけれど、寄り添い回るのは地球という大
地だから。

太陽が東金で地球が自分だとなぞらえるのは図々しいか、蓬生に怒られるかな、と、ぼん
やりしていると、苛立つ仕草で蓬生にとん、と背中を押された。
「…月ばっかり見とったら、置いてくで」
そう言って背を向け、すたすたと歩き出す。
思いがけない尖った声に、大地は一瞬呆気にとられたが、すぐに気付いた。…蓬生はおそ
らく、月を見上げる大地を見て、月を律になぞらえたのだ、と。
「……」
笑いながら足早に追いついて、夜で暗いのをいいことに手をつなぐ。
蓬生は珍しく、逆らわなかった。
手をつないで、ぬくもりをわかちあって、…二人で帰るその場所は、暖かな灯りを包む部
屋。