耳に残るは君の声 「どないしとん、元気?」 そう言って電話をかけてきたのが蓬生だったので、大地は思わず携帯を取り落としそうに なった。 「…土岐…?……何で?」 「何でて失礼な。連絡先教えてくれたん、榊くんやんか」 …確かに、問われるがまま応じて、メールアドレスと携帯番号を交換したのは自分だが、 正直、メールが来ることはあったとしても、電話がかかってくることはないだろうと思っ ていた。 「何か、火急の用でも?」 「火急」 くっくっと電話の向こうで蓬生は喉を鳴らして笑っている。 「大層やなあ。あんまり構えんといて」 軽い調子でいなしてから、ところで、と、少し真面目な声になった。 「千秋がそっちに招待状送ったと思うんやけど。…ついた?」 「…、ああ、あれか。いただいた」 神南からの、神戸への招待状だ。土日だし、日程的には何も問題ない。かなでは神戸に行 くのは初めてだと大喜びしていたし、なんでまたといぶかしむそぶりだった響也も、行か ないのかと律に問われると、行くよと口を尖らせた。 「ありがたくお受けすると、律から東金に連絡したはずだけど」 「うん、せやねんけど、全員参加なん?て聞いたら、千秋が首かしげて、そこははっきり 聞いてないってとぼけたこと言うてるから、念のために確認」 いかな律でもそれを言い忘れはしないと思うし、万が一言い忘れたら東金も確認をとりそ うなものだが。 …いや、あの二人ならあり得るか。 「…ご招待通り、五人全員でうかがうつもりでいるよ。もちろん、ひなちゃんも」 「了解。予定通りで手配しとくわ」 「悪いな、大人数で招待してもらって」 「五人くらい、大人数のうちに入らへんよ。うちは場合によっては百人以上の集団で動く し、手配には慣れてる。気にせんとって」 手配の苦労だけではなく、神南側に大きな金額を使わせたことへの礼の意味もあったのだ が、訂正するほどのことでもないし、どのみち東金は金額など余り気にするまい。 大地は首をすくめた。 「用は、それだけかい?」 「急ぎ、という意味では、そうやね」 大地としては、会話を締めるための何気ない問いのつもりだった。 だが、蓬生は思わせぶりに含みを持たせる。 「…というと?」 くくっと、楽しそうに電話の向こうで笑う声がした。 「短いメールですむことをわざわざ電話してくる理由なんて、一つしかないんちゃう?」 低く、歌うように。艶のあるやわらかい間を取って。いつもからかいを含んだ声が、一瞬 真摯な色に染まる。 「……声が、聞きたかってん」 ……っ。 虚を突かれていつもの調子で言葉が返せない大地の様子を、電話の向こうで蓬生はどう聞 いたのか。 小さく、ふ、と吐息が聞こえてくる。笑い声のような、ため息のような。 「ほなら、また」 短い別れの挨拶を残し、大地の返事を待たずに蓬生は電話を切ってしまった。 「……」 大地は深い長いため息をついて、ジーンズのポケットに携帯を乱暴につっこむ。 蓬生があの一言をつぶやいたとき、思わず俺もだと答えそうになって、喉が詰まった。 それが社交辞令なのか本心なのか、自分でもよくわからなかったからだ。 かすかな後悔をごくりと飲み込み、…それでもなお、耳に残るは、君の声。