味噌汁

みんなが「いただきます」をして、さあ箸をとろうという、その手を止めたのは那岐だっ
た。
「ちょっと待った。…あのさ、今日の味噌汁、なんか変な色で変な匂いがしない?」
言われてみれば、なんとなくすっぱいような匂いがする。千尋は風早と顔を見合わせ、…
三人は一斉に今日の食事当番の忍人を見た。
代表して、那岐が口を開く。
「…忍人?」
「いつもの味噌の容れ物が見あたらなかったから」
「ああそういえば、昨日俺が使い切ったんだった」
のほほんと風早がつぶやく。
「…だから、別の容れ物の味噌を使った」
「別の容れ物なんかないよ。…それとも誰か買ってきた?」
千尋が首をかしげる。忍人は身軽に立ち上がり、冷蔵庫から何かを取り出して食卓に置い
た。
みんなでのぞき込み、…一呼吸置いて全員がつっこむ。
「「「これは味噌じゃなくてからし酢味噌ー!!!」」」
「………?…味噌じゃないか」
「味噌は味噌でも、味噌汁に使う味噌じゃなくて酢味噌和えに使うんだよこれは!てか、
味見しろよ忍人!もしかしていつも味見せずに料理してるのか!?」
「つまみ食いは良くないだろう」
忍人は大真面目なのだが。
「味見とつまみ食いはちがーーーーーう!!!」
那岐はキレた。
………………。
「…このままお兄ちゃんを食事当番に入れてたら、那岐が高血圧で倒れるのも遠くないっ
て気がする」
千尋がぼそりと言うと、
「奇遇ですねえ、俺もです」
風早も応じたが、そのあまり心配そうでもないのんきな笑顔に、千尋はふと、もしかして
何か事件が起こるように、風早が冷蔵庫の残り物を工夫しているんじゃないかと勘ぐって
しまう。…何しろ、忍人の食事当番は常に風早の後だ。
「…ん?どうしました?」
風早がにっこり笑いかけてくる。
「…ううん、何でもない」
気のせい気のせい、と千尋は首を横に振って、次からは、忍人の食事当番の前には必ず自
分が冷蔵庫の中身を確認しようと心に決めたのだった。