導きの星

冬の夜空は凍てついていて美しい。千尋は、その空に向かって窓を開け放ち、身を乗り出
してじっと目を凝らしていた。…捜していた。
見つからない。…まだ見つからない。…と、そのとき。
「…何やってんの」
突然庭先の暗がりから声をかけられて、千尋は文字通り飛び上がった。
「…那岐!?……暗がりからいきなり声かけないでよ、びっくりした」
「あ、ごめん」
あまりすまなそうでもなさそうな声で那岐はあっさりと謝った。
「いや、自分の部屋に帰ろうと思って歩いてたら、この寒いのに窓思いっきり開けて千尋
が身を乗り出してるのが見えたから、つい。…回廊回って正面から入って行くと、警護の
兵だのおつきの采女だのに止められてめんどくさそうだからさ、こっちからきた。…入っ
ていい?」
「窓から?」
当たり前だろという顔で、返事もせずに那岐が鼻を鳴らしたので、千尋はあきらめて窓か
ら那岐を招じ入れた。…狭井君がこれを見たらなんというだろうとちらりと思う。
那岐は部屋に入って暖かな敷物の上に座り込み、一つ息を吐いてから、で、と千尋を見上
げた。
「何やってたの」
「…流れ星を捜してたの」
「…流れ星?」
「覚えてる?……向こうの世界にいた頃、ふたご座流星群の時期だって夜中に星を見に出
かけたことがあったでしょう。結局、灯りの少ないところが見つけられなくて、流れ星は
見えなかったけど、…あれって確か、12月だったなと思って」
那岐はぱちぱちとまばたいた。それからがしがしがしときれいな金の髪をかき乱して、あ
のさあ、としみじみ話し出す。
「まずそもそも、世界と時を隔ててるんだから、向こうの世界で見えた流星群が同じよう
には見えないと思うし、仮に見えたとしても、ふたご座流星群は確か12月の半ばがピー
クだったはずだよ。冬至を過ぎたこんな時期じゃ、もう捜しても難しいんじゃない?…な
んでいきなり流れ星をさがそうなんて」
那岐はそこで言葉を切って千尋を見た。千尋は透明な瞳でゆっくりと那岐を見返し、髪を
さらりと揺らして首をかしげた。
「那岐」
女王になってから長く聞いたことのない、少し幼い声。
「今日がクリスマスイブだって、気付いてた?」
思いがけない単語に那岐は一瞬声を呑み、ややあってゆっくりと指を折った。
「………そうか、一昨日が冬至だったから、…確かに、イブだね」
でも、それと流れ星と何の関係が。
キーワードをもらってもなお話が読めなくて、那岐がかすかに眉をひそめていると、千尋
は窓辺から離れて那岐の傍らに腰を下ろし、膝を抱えて座り込んだ。
「ベツレヘムの星」
洩らされた言葉は単語だけだ。どこかで聞いたことのある単語だが、意味がわからない。
「何それ」
「クリスマスツリーのてっぺんに飾るお星様」
千尋のはぐらかすような答えに、那岐はいかにも納得いかないと言いたげに、不得要領な
顔をした。
「…のモデルになった星のこと。クリスマスにキリストがベツレヘムで生まれたとき輝い
たって言われていて、その星を見つけた博士達が星の光を頼りにキリストに会いに来たと
されているの」
大切な人のところへ導いてくれる星。
「本当は、見つけたいのは流れ星なんかじゃない」
千尋は小さな声で言った。
「風早はここにいるよって教えてくれる星が光らないかなあって、…ベツレヘムの星が博
士達を導いてたように、風早に会いたい私…私たちを、星が導いてくれないかしらって、
…そう思って」
「……」
那岐は一瞬、返答に詰まった。
風早は千尋の即位後、どこへともなく姿を消した。誰にも言わずに。
千尋はそのことについて騒がなかった。たぶん彼女は風早の失踪について何かしら知って
いるのだろう。その彼女が追わないなら、と、誰もが風早のことには敢えて口をつぐみ、
なかったことのようにして日々を過ごしていたのだけれど。
自分の表情が傷ましいものになるのが嫌で、那岐は少し顔を背けた。
……千尋はたぶん、納得したわけではないのだ。我慢しなければいけないと理性でこらえ
てはいるけれど、あきらめきってはいないのだ。風早のことを。
「でも、…そんな星は見つからないから」
千尋はまた立ち上がり、窓辺へ向かう。
「せめて、流れ星だけでも見つけられないかな。風早にもう一度会わせてくださいってお
願いできるように」
クリスマスイブだもの。一年間、女王としてちゃんとがんばったもの。
「一つくらい、願い事をしたい。できたら叶えてほしい」
どうか私を、あの人の元に導いて。
祈りの形に手を組み合わせ、千尋は空を見上げる。
「……」
那岐もゆるりと立ち上がった。
窓辺へ向かい、千尋の傍らから身を乗り出し、星を探す。
導きの星を。願いを叶える星を。

しんしんと凍てつく夜空に、星は降るように輝くけれど、流れる星は現れず。
届かぬ願いだけが、夜を駆けていく。