●懐中電灯●


大地がそっと窓を開けて中に入り込むと、かなでのように手をさしのべる必要もなく、軽
々と蓬生は後からついてきた。
「ほんまに入れると思わんかったわ」
「…本気でついてくるとも思わなかったよ」
さめた声で大地はつぶやき、深夜の校内を、自らの教室目指して歩き出す。一人で忘れ物
を取りに行くだけのつもりが、何故こんなことになったのだか。
「何故ついてきたんだ?夜の学校なんて無気味なだけだろう?」
「どんなふうにこっそり入れるんか興味あったんよ。あとは、こんな時間に一人で学校に
忍び込むんは心細いやろって親心や」
「…誰が誰の親だって?」
「不満なん?…ほな訂正するわ。とってこい、言うたもんの、かわいい飼い犬がボール探
して迷子にでもなったらかわいそう、て、飼い主心や」
「……。…だからどうしてそう、いちいち上から目線…、…っ!」
振り返って言い返そうとした大地の語尾は、蓬生の唇の中に消える。
ちゅ、と音を立ててから唇を離し、蓬生は笑った。
「しゃあないやん、榊くん鈍うて隙だらけやもん。自然、上から目線になってまうんよ」
「…にぶ…?」
「鈍いやん。誰もおらんとこで二人きりになりたかった、て、言われなわからん?……そ
れとも、言うてほしいて、わざととぼけとん?」
耳元で囁かれて、じわり身体が熱くなる。
蓬生はくすりと笑って、もう一度大地に口づけた。…ゆっくりと、深く。
大地の震える手から懐中電灯がごとりと廊下に落ち、転がる光がくるりと壁に白い円を描
いた。