●薬指で告げる●


気にはなっていたけれど、気にしていると知られるのが嫌で、聞いてみたことはなかった。

「指って、やせるのかな」
ぼそりと大地がつぶやいたのは本屋の棚の前だった。本の趣味は全く違うが、書店好きと
いうのは共通しているので、会えた日に時間が取れれば、たいてい二人して本屋に向かう。
今日も、昼食を終えて通りに出るなり、ちょっと、と、本屋に誘われた。
「何で?」
何気なく問い返して、蓬生は少しどきりとした。大地が気にしているのが、彼の右手の中
指だったからだ。……少しごつごつとした指輪を、はめている指。
「最近時々指輪が回るんだよ。前はそんなことなかったのに。普段は気にならないけど、
本を読むときにページをくろうとして指輪が回ると、なんだか気に障ってさ」
「指輪はめる指変えたら、…言うても、右手の中指より太い指て親指くらいやしな」
「そう。…親指に指輪は趣味じゃないしね。…外すかな」
大地がずいぶんあっさり外すと言ったので蓬生は少し拍子抜けする。どんなときも、…ヴ
ィオラ演奏のときも、眠るときも、風呂に入るときも、大地が指輪を外した姿は見たこと
がなかったというのに。
「…大事なもんちゃうん」
だからつい、そうつぶやいてしまった。…と、ふと、大地が自分を見る視線の色が変わっ
た気がして、蓬生はかすか、しまった、と思う。
自分が大地の指輪を気にしていたことに、気付かれただろうか。
「…大事だよ」
告白する大地の声は低く、優しかった。
「曾祖父の形見だからね。…でもこれは、大切に抽斗の奥にしまっておくことにして、新
しく指に合うのを一つ買ってもいいかなと思ってる。形見の指輪よりもっと大事にしたい
指輪をね」
それ、何なん、とは聞かなかった。…否、聞けなかった。大地の声に含まれるおもしろが
るような響きに、それが何を指すのか、おぼろげに見えたから。聞いて答えをもらってし
まったら、絶対に動揺を隠せない、…そう思ったから。
「……」
無言のままぷいと顔をそらす蓬生の左手の薬指に、大地は自分の左薬指で触れた。甘える
ようにこすりつけられ、蓬生の心がじんと熱くなった。