●君の跡を探す● その夜、律は大学帰りに書店に寄った。 普段、あまり本屋に立ち寄る習慣はない。音楽雑誌に目を通すか、楽譜を探すくらいの用 事しかないからだ。楽譜なら行きつけの楽器店か大学図書館の方が充実していることが多 い。 その日発売の雑誌にざっと目を通してから、教授に勧められたヨーロッパ史の本を探し、 レジに向かおうとしてふと足が止まったのは、新書の棚だ。大地と一緒に本屋に入ると、 彼がいつも足を止める場所だった。 ここで別れて律は楽譜の棚を見に行く。ざっと見て帰ってくると、大地はたいていまだ同 じ場所で本に夢中になっている。伏せられた視線が一心に文字を追い、熱中したときの癖 で、書棚の縁に手を置いている。 …あの辺りの棚板に、いつも小指の付け根あたりを置いて、…と、目で探しかけて、…律 は自分がおかしくなってしまってふっと笑った。 警察の鑑識でもあるまいし、目で見て、大地が手を置いた跡など見つけられるわけはない のだ。冷静に考えればすぐわかることなのに、大真面目に大地の名残を探そうとするなん て。 −…ここに大地はいないのに。 心の中でそう一人ごちかけて、ふと、心がずん、と重くなった。 …ここに大地はいない。わかっているのに無性に友人に会いたくなる。彼の仕草を思い出 した、ただそれだけで。 「……」 短くため息をつく。家族から離れて寮生活を始めたときでさえ、こんな気持ちにはならな かった。 友人に会えない。…それもたった数日。ただそれだけで、こんなに自分が寂しがるなんて、 ひどく奇妙で、こっけいなことだ。 …けれど胸は、きやきやと痛いまま。 「……」 律はもう一度ため息をついてその場を離れ、のろのろとレジへ向かう。 −…何も用事はないけれど、彼に電話をかけてみようか。 ふと、そう思った。