●夜のブランコ●


約束の公園に人影を見て、大地は思わず時計を確認した。時間は夜の七時四十分。約束は
八時だったから、二十分も早く彼は来ていることになる。
大地が早く来たのは、待ち合わせ前にヴィオラを調弦したり軽く一曲弾いてみようと思っ
たからだが、彼は何故。
密会する相手は、所在なげにブランコに腰かけてぼんやりと自分のつま先を見つめている。
練習を見てもらい始めて数日がたち、ようやく気負わずに彼と会話できるようになった大
地は、小さな咳払いを一つして、ブランコに近づきながら
「土岐」
声をかけた。
土岐はふっと顔を上げ、自分の腕時計を透かし見てからやんわり笑う。
「早いやん」
「俺のセリフだよ。…君が来るまでに調弦をすませようと思って早めに来たのに」
「ええよ、待つから。…先刻ちょうど千秋が風呂にいったから、今のうち、思て出てきて
ん」
「…」
大地はヴィオラケースを開ける手を思わず止めた。
「…俺にヴィオラを教えていること、やっぱり東金には気兼ねするかい?」
「いや?別に。…俺がおらんでも、千秋は詮索せんしな。…けど、他の奴らの目の方はう
っとうしい。みんな、俺と千秋はセットで行動すると思てやるし」
なるほど、と大地は少し苦笑する。
「寮にプライバシーはない、か」
「まあな。…俺のことより、君こそ」
「俺?」
「気にならんの。俺と練習しとって」
「何が」
「如月くんの目」
さらりと出た名前に、大地は小さく笑ってゆるゆると首を振った。
「俺も、そういう意味で気になるような視線を律から感じたことはないね。…音楽のでき
ばえに関しては、いつも厳しい視線を感じるけど」
「…せやからこそ、上達のためには何でもする?」
「ああ」
「…迷いないな」
土岐は小さく笑った。
「かっこつけとう君は好かんけど、そういうなりふりかまわん君は、俺は結構好きやなあ」
「…それはどうも」
大地は首をすくめ、話を切り上げるように調弦を始める。素知らぬ顔で空を見上げた土岐
が、
「君のヴィオラの音は陽性やと思てたけど、…案外、夜も似合うな」
ぽつりと言った。