●合図はソファ●


そのソファに車の鍵が隠されていたら、「行くぞ」の合図だ。
「…何もこんな密会するみたいに深夜にこっそり別々に抜けださんでも」
運転席に乗り込みながら、蓬生がため息をつく。
「行くぞって一言言うたらええんちゃうん」
「わかってないな、蓬生。お互いにしかわからない合図があるっていうのがロマンなんだ
よ」
「千秋のロマンのツボはようわからんわ」
「そうか?」
助手席に乗り込み、シートベルトをしめながら、千秋はしれっと言った。
「そうか、て。…あんな、俺、呆れてんねんけど」
「そうか?」
「…千秋」
蓬生が額を押さえると、千秋は眉一つ動かさずにこう言い切った。
「だってお前、俺と二人だけの秘密を持つの、好きだろう?」
「…っ」
図星を指されて切り返し損ねた。千秋はにやりと笑い、
「…海に行こうぜ。三浦半島の方へ、適当に走らせよう」
話をあっさりとそらしてシートに深くもたれた。
蓬生が無言でキーを回しエンジンをかけると、千秋の手が伸びてきて、蓬生の髪を慈しむ
ように弄んだ。…うなじに近いところで動く指が、肌に触れそうで触れない。焦れったさ
が身体の奥深くに火をともす。ぐっと息を呑み込んで、蓬生はアクセルを踏み込み、闇の
中へ車を走らせた。