●コーヒーキープ● コーヒーの香りに鼻をくすぐられ、律はぼんやりと目を開いた。 …あれ、おかしいな、と寝ぼけた頭で考える。 ……うちにコーヒーなんか、あったっけ…? 寝起きであまり働かない頭をひねりながら、手をのばしてみた。律がベッド代わりにして いるマットレスの隣に、布団が一組。…だが、温もりはかなり薄れかけている。 「……?」 律が身じろぐ気配に気付いたのか、キッチンで大地が振り返った。 「目が覚めた?律。朝だよ。…コーヒー飲むかい?」 ゆっくりと近づいてくる。とろんとした律の瞳に、まだ寝ぼけてるな、と少し笑った。 「……コーヒー……あったか…?」 「いや?…飲みたくなったから、コンビニでインスタントのびんを買ってきた。…律があ んまり飲まないのは知ってるんだけど、迷惑じゃなきゃ、置いていっていいかな」 「……ああ、かまわない。…何ならびんに名前を書いておこうか。…大地、って」 「バーのボトルキープじゃないんだから」 大地は苦笑した。 「そんなの、響也にでも見つかったら、大喜びでからかうよ、あいつ」 「別にかまわない」 律は真面目に言った。 「大地がまたここに来てくれるという証を置いていってくれるのが、俺はうれしい」 「……」 大地は一瞬絶句して、…天然なんだもんなあ、と小さくつぶやき。 「……頼むから、その殺し文句を俺以外の奴には言わないでくれよ……」 「……?」 大地の言葉の意味は今ひとつわからなかったが、抱きしめてくれる大きな腕がうれしくて、 律はうっとりと目を閉じた。