●探り合い●


神戸の街の、電車の高架下に沿って伸びる狭い路地を、俺たちは歩いていた。
路地には様々な店が軒を連ねているが、どこか猥雑な空気が漂う。高架下という、騒音が
大きい場所柄もあるかもしれない。
無言で俺の前を歩いていた土岐は、赤信号でようやく足を止め、氷のような眼差しで俺を
振り返り、睨め付けた。
「…いつまでついてくるん」
俺は肩をすくめる。
「皆てんでばらばらになったし、俺らも解散しよ、て、さっき俺言うたん、聞いてへんか
ったんか」
「まさかとは思うけど、土岐は、土地勘のない俺を案内もなしにこんなところで放り出す
つもりかい?」
土岐はひどく厭そうな顔をした。
「…君、頭いいんやから、地図くらい読めるやろ」
「地図を持ってない」
「……っ。……書いたる」
ああ言えばこう言う俺に、いかにも業を煮やしたらしく、土岐は手帳を取り出そうとする。
俺はその手を押さえて止めた。
信号がちょうど青に変わった。人々が一斉に動き出し、動かない俺たちを邪魔そうに、あ
るいは不思議そうに、視線を投げながら通り過ぎていく。
「一人で、ホテルのロビーで皆を待つなんてごめんだよ。…律達と一緒に行くことも出来
たのに、どうして俺がわざわざ君の勧めるコースに残ったのか、まだ気付いてくれないの
かい?」
土岐の眉間がぴりと震えた。俺がこれから言おうとすることをぼんやりと察したのだろう。
かまわず俺は言葉を続ける。
「俺は、土岐と一緒にいるのは刺激的で、おもしろいよ」
いつも言い合いになって、腹の探り合いになって。見透かし、見透かされ。
最初はそれがひどくうっとうしかった。でも、気付けばそのやりとりを楽しいと思い始め
ている俺がいる。……君に、夢中になっている。
「…だからもう少し、一緒にいたいな」
本心ははしょって、結論だけ言う。にこりと笑顔を付け加えれば、土岐はまじまじと俺を
見て、はあ、と大きなため息をついた。
「…つまり、俺がどこへ行ってもついてくる気ぃか」
「もちろん」
額を押さえ、こめかみにかかる髪をかき上げて、土岐は俺から少し目をそらした。
「…ほなら、歩くだけ体力の無駄やな。…消耗すんのも阿呆らしい。…夕方までどっかで
茶でも飲も」
「ついていくよ?」
「どうぞ、お好きに。…言うとくけど、おかまいはせんで」
「気にしないよ。俺はそうやって、調子狂わされて困ってる土岐を見るだけで充分楽しい
から」
「……めっっっちゃ、性格悪いな、自分」
「まさか、今頃気付いたとか言わないよな?」
「……」
「……」
土岐が本気で厭そうな顔になったので、俺は思いきり笑い飛ばした。
頭上を通り過ぎるのは貨物列車だろうか。がたごとん、と腹に響く音がいつまでもいつま
でも途切れず、俺の笑いに唱和していた。