●この道を、ずっと●


日曜日の昼下がり、スーパーへの買い出しの途中だった。運動部が部活動中の中学校のグ
ラウンドの前にさしかかったところで、荷物持ちについてきてくれた忍人がふと、「あ」
とつぶやく。
「…何?」
「いや、何でも」
目をそらされると気になる。
「何?何?」
服の裾をつかんで問い詰める千尋に、忍人は困った顔をした。言っていいのか、という顔
だ。…だが、すぐ折れる。元より彼は千尋に甘い。
「…中学校の体操服を見たら、あの日のことを思い出した。…それだけだ」
「…あの日?」
それでもまだ不得要領な顔の千尋に、忍人はくす、と笑い。
「…手を、つなぐか?」
「…っ!」
とたん、千尋が、ぼん、と音でもしそうな勢いで真っ赤になった。…思い出したのだ。
校外マラソンの途中、家とは違う方向に歩いていく忍人を見かけて、もしや自分たちを置
いてどこかに行ってしまうのではと不安になって追いかけて、…挙げ句の果てに、警官に
補導されかけた。
体操着姿でしおしおとうなだれる千尋を、忍人は中学校まで送ってきてくれた。千尋にね
だられるがまま、そっと手をつないで。
忍人が今差し出してくれている手に、千尋はそっとつかまってみた。
あの日の忍人の手は、優しかったけれどどこかひやりと固かった。…けれど。
「…あったかい」
…千尋はぽつりと言う。忍人は微笑む。
「…それはそうだろう。…あの日は冬だったが、今は夏だ」
「うん」
確かにそう。…でも、ちがう。
「…あったかくて、やわらかい」
あの日はまだ、忍人の心は半分閉ざされていた。今ははらりと開かれている。忍人から、
拒絶の空気が消えている。だから、手も暖かく、やわらかい。
「こんなタコだらけの手が、柔らかいとは思えないが」
「やわらかいよ?」
千尋は笑って、握った手にぎゅっと力を込めた。忍人は少し困った顔で目をそらす。
「…スーパーに行く前に、本屋に寄りたいんだが」
話題を変えたのは、照れくささか。
「うん、いいよ。…何か買うの?」
「買うかどうかはわからないが、友達から勧められた本を見てみたくて」
「ふうん」
話は変わっても、手は離さない。つないだままで、道を行く。

−…ずっと、この道が続けばいいのに。

ふと、千尋は思った。