●指輪・2● 「やっぱり千秋やったわ」 昼食には遅く、午後のお茶には少し早い時間帯。そのせいか、心持ち人の少ないカフェの 窓際で、蓬生は金の指輪が光る右手の薬指を大地に示した。大地は一瞬眉をひそめたが、 すぐに穏やかに笑って、 「だろうと思ったよ」 とつぶやく。 「そんないたずらを土岐に仕掛ける人間は、他に思いつかないしね。……でも、それ」 言いかけて、ためらいがちに一旦言葉を切ったが、やっぱり、と思い直した様子でまた口 を開く。 「……返さなかったんだな」 「……?」 大地の言葉の意味が今ひとつつかめない。首をかしげる蓬生の前で、大地は困惑とあきら めが混じったような顔をしている。 「…もらう理由がないと言って指輪は返したかと思ってた。……誕生日でもクリスマスで もないから」 −……っ。 どきん、と鼓動が跳ねたことに、大地は気付いたろうか。 「…返す、言うたけど、持っとけ言われてん。千秋の指のサイズとちゃうし、返されても 困る、て」 ……嘘をついた。千秋は何も言わなかったし、自分もそのことを思いつかなかった。千秋 から贈られるものを受け止めることは、蓬生にとってごく自然なことだったから。 「…東金らしいな」 大地は笑って小さく肩をすくめ、コーヒーに口をつけた。 伏せられたまつげの奥で、その瞳がどんな色をしているのか、確かめたいような気もした が、恐ろしさが勝って、出来なかった。