●指輪・3● 夜遅く、蓬生は自宅に帰ってきた。部屋の明かりをつけようとスイッチに手を伸ばすと、 右手の中指と薬指の指輪がこすれて音を立てた。 「……」 蓬生は小さくため息をついて、財布と携帯を机の上に放り出し、ごろんと畳の上に横にな る。天井の明かりに右手をかざすと、二つの指輪はどちらもキラキラと輝いた。 「…千秋にもろたんを外していったらよかったんやろか」 つぶやいてはみたものの、そういう問題ではないことは、蓬生にもよくわかっていた。 「……」 ずっと傍にいる幼なじみに対して抱く憧憬と、遠くてもつながることを選んだ彼への思い は、蓬生の中で明確に違うものだったし、相手もその理解を共有してくれているものと思 っていた。……だが。 −……そういうわけでもないんかな。それとも、わかっとっても妬けるは妬ける、…かな。 何となく、後者なのだろうなという気はした。なぜなら蓬生も、同じような感情を如月律 に対して抱くからだ。大地にとって律は、彼の生き方を変えたという意味で大切な存在で、 劣情を抱く対象ではないと理解しているが、肩を並べて仲良く語らうところを想像すると、 心中余り穏やかではない。 「……。……外しとこ」 とりあえず千秋からもらった指輪を外そうと、左手で指輪に触れたときふと、二人の言葉 を思い出した。 左の薬指をあけておけと言った大地、左の薬指も贈ってやると言った千秋。…千秋のそれ は冗談としても、大地は。 「……本気やろか。…指輪なんか、一つで充分やのに」 ため息ついて、右の中指にはまる指輪を抜き取ってくるり回した。 「そもそも、左の薬指にそないこだわるんやったら、最初っからそっち用に贈ったらええ んや」 ぶつくさ言いながら、大地に贈られた指輪を冗談で左の薬指にはめてみる。 「……え?」 その指輪は、ぴたりと左の薬指に収まった。 「……」 蓬生の利き手は左手だ。だからどの指も、右より左の方が若干大きい。そして中指は薬指 より少しだけ大きいから、右の中指にぴったり合う指輪が、左の薬指にもぴったりとはま るのはありそうなことだが、しかし。 …いろんなものを目測できるように特訓している、と大地は言っていた。もしかしたら彼 は、はなから気付いていたのではないか。右の中指のためにと贈った指輪が、左の薬指に もぴたりと合うことを。 …く、と蓬生の喉から笑いがもれた。…くっくっく、と続けて笑って、蓬生は左手を明か りにかざす。きらりと薬指の指輪が光を反射する。 今度大地に会うときは、ここにこの指輪をつけていこう。…大地はどんな顔をするだろう。 何を蓬生に告げるだろう。 「…せいぜい、かわいいとこ見せてもらおか」 蓬生は含み笑いで、そっと指輪に口づけた。