●猫は涼しい場所を知っている● 何気なく階段を下り、廊下を越えて、自分の部屋に行こうとして、忍人は思わず固まった。 木の床の木目に沿うようにして、でろりんと転がる身体。 「……那岐」 思わずつぶやいて額を押さえる。 ご丁寧にベッドから枕を持ち出し、金の髪をその上に散らして、那岐はすやすやと眠って いる。…忍人は無言で、そのつむじをつんつんとつついた。 さほど熟睡していたわけではないのだろう。目を開けて、胡乱な目付きで那岐は忍人を睨 む。 「…何だよ」 「こんなところで昼寝するな」 「いいだろ、別に。ここが一番涼しいんだ。…どこで寝ようと僕の勝手だよ。好きにする」 「那岐の身体だけならともかく、その大きい枕は通行の邪魔だ」 「……踏んでっていいよ、枕」 「枕を踏むと頭が悪くなる」 那岐の拗ねた顔が少し驚きに変わった。 「何それ」 「と言われている」 「初耳」 「子供の頃その話を聞かされたとき、寝てたんだろう」 「……」 「……否定しないのか……」 忍人の呆れた声に那岐はまた拗ねた顔に戻って、枕を抱きかかえ、廊下の端の方にころん と転がって場所を空けた。 すまないなとつぶやきながら忍人が通り過ぎる。 「…言っとくけど、部屋、すんごく暑いからね」 「大丈夫だ」 言って中に入っていく忍人を見送り、那岐は嘆息する。 「…忍人が言うと、本当に大丈夫そうだからすごいよな…」 ぶつぶつ言いながら彼はまた目を閉じた。 蝉が元気に鳴いている昼下がり。夏はまだ、始まったばかりだ。