●スイッチが入る●


車のドアを開けようとして、千秋は舌打ちした。ロックされていて開かないのだ。
「おい、蓬生」
運転席にいる幼なじみは素知らぬ顔をしているが、ロックしたのは彼に間違いない。この
車は、運転中に子供が間違ってドアを開けたりしないよう、ロックは運転席でコントロー
ルする仕様だからだ。
「何企んでる」
「別に」
「別にじゃねえだろ」
苦虫を噛み潰したような顔で千秋が言うと、蓬生はふふっと笑った。
「なあ、千秋。この車は今密室や。せやけど、外からは丸見え。……誰にも邪魔されへん
のに、皆に見せつけることが出来る。……なあ。そそると思わへん?」
千秋は言いかけた「阿呆」を呑み込んで、助手席のシートに深くもたれた。スイッチが入
ってしまった蓬生とは言い争うだけ無駄だと、長年の経験で理解している。……それに、
千秋自身、多少の妙味がないわけではない。
「好きにしろ。…ただし、朝は時間がない。手短にすませろよ」
「…愛想ないなあ、千秋……」
言いながら、蓬生はシートベルトを外して助手席の千秋の上にのしかかってきた。
「恥ずかしかったら、目ぇ閉じててもいいで」
「今更」
言い返しながらも、口づけに身を任せた千秋は目を閉じた。目を閉じると聴覚が鋭敏にな
る。見られる感覚を目で味わうよりも見えない方が背徳感が高まるように思ったのだ。
案の定、目を開けていたら恐らく気付かなかっただろう足音もはっきりと聞こえてくる。
通り過ぎる足音の主は、うっかり車内を覗いてしまったのか、それとも小石にでもけつま
づいたか。車の傍で一瞬慌てたように歩くリズムを乱したのがおかしくて、千秋は薄く笑
った。