●おもちゃと罰●


「物騒なものが落ちてるな」
蓬生の車に乗ろうとして車内をのぞき込んだ千秋が、胡乱な顔で助手席の足もとあたりか
らつまみあげたものは手錠だ。
が、運転席でエンジンをかけようとしている蓬生に慌てた様子はない。
「おもちゃやで」
「こんなおもちゃで誰と遊ぶんだ」
「あれ?気にしてくれるん?」
くっと笑ってから蓬生は種明かしをした。
「内緒にしていてくださいと芹沢に言われとったから約束破ることになるけど、…ま、え
えやろ。……それな、手品の道具や。二月の予餞会に使う、言うから、手品する知り合い
からいろいろ調達したってんけど、一個だけ落ちたんやな」
言ってから、蓬生はちらりとずるい目をした。
「…なあ。…もしかして、おりもせん『誰か』に嫉妬してくれた?」
「ああ、もちろん」
つまらなそうな顔で手錠をいじっていた千秋が、ふと笑って顔を上げ、蓬生の唇を指先で
もてあそびながらつぶやいた。指先で歯列を割り、口蓋をなぶり、ついと指を抜いて深く
口づける。ねっとりと愛撫されるディープキスに蓬生がとろりと酔ったとき。
不意に、かちゃんという音がした。
「…俺を驚かした、罰や」
唇を離して、にやりと千秋が笑う。
「……千秋」
蓬生は顔をしかめた。その右手にあのおもちゃの手錠がはまっている。
「何するん」
「罰って言ったろ」
「運転の邪魔や。外してや」
「駄目だ」
小さな鍵を手に、千秋は涼しい顔だ。
「今日はそれをつけて運転だ」
「これが邪魔で運転失敗したら千秋のせいやからな」
「片手にぶら下がってるだけで拘束されてるわけでもなし、その程度、何の邪魔にもなら
ないだろう。…そもそも、俺を隣に乗せてて、お前がへまなんかするもんか」
絶大の信頼を前に、蓬生はため息と共に引き下がった。
「…かなんなあ、もう」
あきらめがつけば行動は速い。蓬生はキーを回し、深夜の道路へと滑るように車を発進さ
せた。
…ヘッドライトだけが頼りの闇の中へ。