●犬の瞳で君を裏切る● 犬のような目をして、俺は君を裏切る。 床の上に組み敷かれた君は、眼鏡に守られた瞳を精一杯見開いて、俺を凝視している。俺 はそんな君の目に、しつけのいい犬が待てを言いつけられたときのような、熱のこもった 瞳で応える。 両手は君の腕を一つずつ床の上に押さえつけ、のしかかった身体で、身体と足の抵抗を奪 っているのに。 どんなにおりこうで待っていても、得られないとわかっている。だから、もう待たない。 君の鎖骨に唇を寄せ、くぼんだところを舌で舐めると、君の背がびくりと震えた。 声はない。驚きのあまり何も言えないのだろう。やめろとさえ君は言わない。 顔が赤い。きっと夕焼けの光に照らされているからだ。だけど、やめろとも言わず、目尻 や頬を赤くして俺をただ見つめている君を見ていると、俺はうっかり錯覚しそうになる。 「好きだよ」 こんなひどいことをして、どの口でそれを言うのだろう、俺は。 「好きだよ、律。愛してる」 かり、と鎖骨に歯を立てると、初めて律の喉から小さなうめきがもれた。耐えるようなそ の響きは、俺を糾弾している色ではなくて、むしろそのことに俺は恐怖する。 暴走しそうで怖くなる。やめなければとかすかに残る理性が警告しているのに、肌の甘さ に誘われて、唇は動き続ける。 「……律、……律」 壊れた機械のように俺は、君の名前を繰り返し呼んだ。 …許されるはずもないのに。