●君に花を●


千尋は一人、橿原宮の中庭に立っていた。夜だが、満月の光で庭は昼のように明るい。
「荒れてはいるが、草木は元気なものだな」
「アシュヴィン」
振り返ると、常世の皇子が腕を組んで立っていた。千尋は小さく微笑む。
「今すぐには無理だけど、少しずつ手入れをするわ。…またきっと、元通りの庭になると
思う」
「……」
ゆるりと唇をゆがめるアシュヴィンが何を考えたか、手に取るようにわかって、千尋は励
ますように笑いかけた。
「…根宮の庭もよ、アシュヴィン」
「……っ」
「黒い太陽が消え去ったんだもの。常世の大地もきっと元に戻る。もし植物の種や苗が失
われてしまったというなら、中つ国のものを送るわ。気候が違うから全てが根付くとは限
らないけど、きっと根付くものもあるでしょう。…必ず送ると、中つ国の二ノ姫の名に賭
けて約束するわ」
「……では俺も約束しよう」
ふ、とアシュヴィンは笑った。
「常世の黒雷、アシュヴィンの名に誓って。…根宮の庭が元に戻ったそのときには、天鳥
船に乗り合わせた仲間を常世に招待して、盛大な宴を催そう。…花の盛りに」
ふわ、と顔をほころばせた少女は、手を打って喜んだ。
「きっときれいでしょうね。楽しみに待ってるわ、アシュヴィン。…きっとよ?」
「ああ」
銀の月の光が、金の千尋の髪に映える。……初春の荒れた庭には挿してやる花がただの一
輪も見当たらないことを、アシュヴィンは少し惜しんだ。