●嘘とプラネタリウム●


「夕方からの食事の予約は入れてあるけど、昼間、何したい?」
そう大地が聞くので、蓬生は何気なく、
「プラネタリウム」
と応じた。
ちょうど雨が降っているし、確か駅から直結している場所に科学館があったはずだ。濡れ
ずにすんでいいかとそれくらいの感覚だったのだが、大地は小さく目を見開いて、
「好きだな、土岐は」
と笑った。
「……?」
「前の前…じゃないな、その前か。…そのときも確か、プラネタリウムに行きたいって言
って」
「……ああ……」
そういえばそうだった。…言い訳をするなら、その日も雨だったのだ。男同士でウィンド
ウショッピングも気持ち悪いやろ、観たい映画も特にないし、と、今日と同じような感覚
でプラネタリウムを提案した記憶がかすかにある。
「俺は別にかまわないけど、プラネタリウムって言ったらむしろそっちの兵庫県の方が本
場だろ?子午線が通ってて、有名な天文台がある。…行ったことは?」
「………。……まあ、何回か、な」
蓬生の家からは少し便が悪いところではあるが、確かに何回か、足を運んだことがある。
星は好きだったし、病気がちな子供だった蓬生を両親が連れ出せる場所は、そう多くなか
ったのだ。…もっとも、足を運んだのは全て子供の時の話で、大きくなってからはすっか
りご無沙汰しているが。
だが、大地が少し目をそらしながら、
「…東金と?」
と聞いてきたことが、蓬生の胸をちらりと灼いた。…灼いた、と言っても、痛みを感じた
わけではなく、むしろ背徳的な甘い心地よさを伴っていた。
「……。…千秋と二人で行ったこともある、で」
……だから、嘘をついた。…ほんの少し大地をいじめてみようと、…そんな気持ちで。
…だが。
「…嘘だな」
大地にさらりと言われて蓬生は眉をしかめた。すんでのところで動揺を見せるのはこらえ
る。驚くそぶりを見せれば、嘘を嘘だと認めるようなものだ。だからあえて、むっとした
風を装う。
「何が、嘘、や。…言いがかり、やめてや」
「演技したって無駄だよ。土岐は嘘をつくときにいつもする癖があるからね。…だからわ
かった」
「……癖?」
そんなん知らん、と、思わず手で顔を触る。
「癖って、どんな」
「教えない」
大地は涼しい顔だ。
「教えたら、次から、土岐の嘘を見抜くのが難しくなる」
「榊くん」
「…嘘をついたね?」
言いつのりかけて念を押され、蓬生はぐっと詰まった。…今のやりとりは確かに、自分が
嘘をつきましたと認めたも同じだ。大地は快活に、…それでいて、どこか暗さのある笑み
で言った。
「嘘つきの悪い子にはお仕置きだよ。…後で、たっぷり、…ね?」
「…大地」
思わず名を呼ぶと、
「あれ、珍しい。こんなときに名前呼び?」
にやりと大地は笑った。
「誘われてるのかな」
「あんなぁ、いい加減に」
「そうだね、そろそろ行こうか。…プラネタリウムでいいのかな」
レシートを取り上げ、立ち上がる。その目に宿る、暗い炎。…千秋を引き合いに出して、
嘘をついてまで、妬かせようとしたしっぺ返し。…蓬生の背を、冷たい汗が伝う。……と
同時に、何かが腹の底にわだかまる。…それは、快楽の種に似て。
「行こう」
歩き出す二人が向かうのは、天上の夜空ではなくきっと、深い深い闇の底。