●不安の後味●


コンサートの帰り、地元の駅まで戻ってきたときだ。コンサートの終演が遅くて、ほとん
ど終電ぎりぎりになってしまったからだろう、同じ電車に乗り合わせた人達は皆急ぎ足で、
曲の余韻に浸りながらぼんやりと歩く俺たちだけがホームに取り残された。
頭上には満月。夜も更けて、中天にかかっている。傍らを歩く大地は、何故か俺の顔をじ
っと食い入るように見つめていたが、ふと、……耐えかねて、という様子でつぶやいた。
「……俺は、…律が好きだよ」
その言葉はあまりに唐突で、……それでいて意外性はないように思えて、俺はぽかんと大
地を見返した。
「…俺も、大地が好きだ」
言ったとたん、大地の顔がくしゃくしゃにゆがんだ。
「…ちがうんだ、律。俺はそういう意味でお前が好きなんだ。……お前の好きとは違う」

−……そういう意味?……そういう意味、って?

呆気にとられていると、大地は首を振り、
「ごめん、変なことを言った。…忘れてくれ。俺はちょっと、先に帰るよ」
言うやいなや、逃げるように足早に改札の向こうへと消えた。
「……」
後に一人、残されて。
「……」
俺は呆然としながらも、何か得体の知れない不安がひたひたと寄せてくるような感覚に耐
えていた。
無意識にポケットを探る。誰かからもらった飴が一粒入っている。
袋を破き、かみしめれば、甘いはずのその飴は、何故かうす苦く、舌にいやな後味を残し
た。