●残る思い● 俺たちの関係は、細い糸を無理矢理つないでいるようなものだ。いつ断ち切られても仕方 がないし、自然と切れることも充分あり得る。 …ずっと、そう自分に言い聞かせてきたつもりなのに、もしそうなったら、自分はきっと 冷静ではいられないだろうと、最近思う。想像するだけで、胸をかきむしられるような痛 みと焦燥感に駆られる。 …ワン、と控えめにモモに吠えられて、大地ははっとした。 考え事をしながらの早朝の散歩は、思いがけないところまで来てしまっていた。ここはも う、駅に続く商店街、このまま行けば港だ。 「…ごめん、モモ。…ぼうっとしていたよ。…帰ろうか」 同じ道を帰るのも芸がない、ちょっと違う道を、と、筋を折れた。 商店街から一歩入ると、昔ながらの小振りのオフィスビルが建ち並ぶ一角に出る。普段通 らない道だが、なんだか印象に残る場所だ、と思ってから、はっと気付く。 …しばらく前に、蓬生と歩いた道だ。 道の一角でビルが完成間近だ。モダンでありながら少しレトロにも見える外観は、かつて そこに建っていたビルを思い出させた。 あの夜、小さな廃ビルの前に、鮮やかな花が一輪置かれていた。誰かに愛されていた場所 なのだろうと思いやった蓬生の眼差しの優しさが思い出される。 −…そうだ。土岐はそういう奴だ。…たった一輪の花の背景を思いやれる人間だ。 我に返って目が覚めたような心地がした。 たとえこの糸が切れても、思いは残る。この関係が何もなかったことにはならない。大地 の中にも、蓬生の中にも、一輪の花となって残るだろう。 「……」 大地は静かに微笑んで、建築中のビルの写真を撮った。 蓬生があの夜のことを覚えているかどうかはわからない。…でもメールに添付して、この 写真を送ってみよう。……きっとこのビルも、誰かから愛され続けるビルになるよとそう 書き添えて。 ……君を愛しているよと素直に言えない、その代わりに。