●早暁●


ソファに寝転がって、蓬生は本を読みふけっていた。
菩提樹寮は古い建物でクーラーもないから、窓を閉め切って一晩過ごすと空気がむっとす
るのだが、廊下はどこからか風が通っていると見えていつも心地良い。おあつらえ向きに
小さなソファまで置いてある。夏は早朝でも光が多く入るので読書には問題ない。
読んでいるのは現代詩なので、もっと、もっととページを繰る類のものではない。一連読
んで、その意味をゆっくりと噛みしめて、また次の一連を、というペースで読み進めてい
たとき、ふと、蓬生の耳が聞き慣れた足音を捕らえた。
薄く笑って本を閉じる。興味深い本だが、蓬生にとって、彼の前では全てが色あせる。
ソファにもたれたまま、ゆっくりと足音の方に顔を向け、穏やかに蓬生は笑んだ。
「…おはようさん、千秋。……さ、…ほな、今日も楽しもか」