●観覧車●


ホテルの窓から遊園地が見える。もう深夜だというのに、何故か観覧車がまだゆっくりと
回っていて、その動きに、蓬生は歌を一つ思い出した。
「…観覧車、回れよ回れ」
その先を続けようとしてふとためらい、口をつぐみ、……広く大きくとられたホテルの窓
に額を押し当てる。

−…想ひ出は、君には一日(ひとひ) 我には一生(ひとよ)

続く句は、やはり口にすることは出来なかった。胸の中でだけ、くるくると言葉が回る。

−…もしこの言葉を自分が囁けば、大地はどんな顔をするだろう。光栄だねと嗤うだろう
か、嘘つきと嘲うだろうか。

たわむれから始まった恋は、いつまでもたわむれのままでかりそめのままだ。
心に秘めた真実は、上から降り積もるたくさんの嘘に隠されてしまって、もう見つけられ
ない。潮の底に隠れる真珠の一粒のように、誰の手にも取ってもらえぬまま、静かにひそ
りと眠るのみ。
「……」
観覧車から目をそらして見上げた空に、月が輝いている。
想い出が、どうか、大地にとっても自分にとっても一日のものでありますように。
明日の朝目が覚めれば、跡形もなく消え失せていますように。
それは真実の願いではない。けれど、真摯な願いであることに違いはない。
真実願うのは彼が忘れないこと。けれど真摯に願うのは彼が忘れること。
背反する思いにそっと胸を手で押さえて、蓬生はがくりとうなだれた。


(栗/木/京/子「水/惑/星」所収 検索避けしています。すみません。)