●夜の雨●


コンビニのレジで支払いを済ませ、律が商品を受け取ろうとしたとき、横からさっと手が
出てレジ袋を攫っていった。
「…大地…!」
「俺が持つよ」
「俺の買い物だ、俺が持つ。…大地にそんな」
「いいから。…今日は少し痛むんだろう?」
さらりと言われて、律は少し眉を寄せた。
「…何故それを」
「見ればわかるよ。さっきからさりげなくかばってる。……それ以上、手に負担をかけな
い方がいい」
「…しかし」
大地はふっと寂しそうに笑った。
「…手のことを知ってる俺にまで、そんなふうに強がらないでくれないか。……学校の鞄
も持つから、貸して」
「そこまでは」
律の抗弁を遮るように、大地は無言のままあごで外を指した。下校が遅れたのですっかり
夜になってしまい、外は暗いが、コンビニの明かりに何かがキラキラと反射している。
…雨だ。
「…降り出したのか」
「痛む腕で、傘をさして、ヴァイオリンと荷物と鞄を持つのは無理だよ。律はヴァイオリ
ンを濡らさないことだけ考えて」
「…」
躊躇している律から、結局大地はさっさと鞄も奪ってしまった。
「……すまない」
いたたまれなさそうにつぶやく律を促して、大地は外へ出た。
「あんまり大地に甘えるのはどうかと、いつも思うのに、…結局いつも」
「……俺はいつだって、もっと律を甘やかしたいと思っているよ」
律のため息混じりの言葉に応じる大地の一言は低く小さい。コンビニの駐車場に入ってき
た車のエンジン音にかき消されて、律にはよく聞きとれなかった。
「…大地、今なんて?」
傘をぱん、とさした大地は、振り返って笑った。
「早く帰ろうって言ったんだよ」
…それはちがうと思ったけれど、自分を見る眼差しの有無を言わさぬ色に、痛いほどの優
しさに、律はそれ以上何も聞けなかった。