●帰り道●


「荷物を少し持とうか、大地」
「いや、大丈夫だよ。…にしても、律まで俺の気まぐれにつきあうことはなかったのに」
すまなそうな顔をして大地が言うので、
「その代わり、俺は手ぶらだ」
律は笑った。

コンクールで優勝を決めた祝賀パーティーの帰り道だった。東金は、荷物もあるだろうし
全員分タクシーを手配すると、例によって豪勢なことを申し出てくれたのだが、大地だけ
は、家も近いし少し歩きたいからと断ったのだ。酔狂だなお前はと、東金は少し呆れ顔だ
ったが、律には大地の気持ちがわかる気がして、俺も付き合うと名告りを上げた。
だから今、こうして夜の坂道を、二人並んで歩いている。
どうせタクシーに積むだけだと響也が律の荷物を持って帰ってくれたので、先ほど大地に
も告げたとおり律は手ぶらなのだが、大地は鞄とヴィオラケース、おまけに大ぶりの花束
を抱えている。
「…せめてその花束だけでも預かろう」
歩きにくそうにしているのを見かねて律が言うと、ようやく大地も折れた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
受け取った花束は、贈り主の持つ大地のイメージだったのかグリーン主体で、中に品のい
い白い花がちりばめられていた。甘い匂いはその花からだろうか。そっと花束に頬を寄せ
ながら、律はふと口を開いた。
「気まぐれじゃないんだろう?」
「…何が?」
「タクシーを断って歩いて帰るのは、気まぐれや酔狂じゃない、だろう?」
大地は、目を優しく細めて律を見た。
「…どうして?」
「……。……俺も、歩いて帰りたいと思ったから」
「……」
「最高の演奏をして、トロフィーを手にして、……すごく気持ちが昂揚してる。ふわふわ
浮いているようないい気持ちなんだ。この気持ちを、もう少し長く味わいたい。あっさり
と日常生活に戻りたくない。…そしてできれば、大地と、この気持ちを分け合いたい」
…ふわ、と見開いた大地の瞳が、とろけるように笑んだ。
「…うれしいよ、律。……律が、俺と同じ気持ちでここにいてくれることが、すごくうれ
しい」
低く甘いささやきと共に律に伸びてきた手が、ふと止まる。
「…?」
首をかしげると、少し困った顔で大地が言った。
「……抱きしめたいけど、花束が邪魔だ」
「……っ」
ふわっと、耳が熱くなって。…お腹の底をくすぐられたようにおかしくて。…ふっと吹き
出して笑い出すと、大地も苦笑で喉を鳴らす。…二人でしばらくくすくすと笑い合って、
…しかたがないので、指を絡めて手をつなぐことで妥協することにした。

早くなる鼓動と相反して、足取りはだんだん遅くなる。…まだ帰りたくない、帰り道。