●傾いたオリオン●


不意に忍人が温泉から出て行ったので、もう上がるのかと思っていたら、竹筒を持って戻
ってきて、那岐に差し出した。
「…何?」
「水だ。…あまり長風呂をするとのぼせる。少し湯から上がって、水を飲んだ方がいい」
言われて那岐は思わずぷっと吹き出したが、忍人の忠告に従い、湯から半身を出した。
見上げる空は、オリオンがずいぶんと傾いた。もう深夜なのだろう。確かにずいぶん長湯
をしてしまった。那岐に付き合っていた忍人の白い肌は、外気に触れてさめてもなお、ほ
んのりと桜色に染まっていて色っぽい。
「つきあわせてごめん」
那岐が静かに言うと、忍人はいいや、と微笑んだ。
「君とこういう穏やかな時間を共有できるのはうれしい。……ただ、何事も度を過ごすの
はよくないから」
「うん、そうだね。…そろそろ上がるよ」
「…那岐」
かすかに曇った忍人の顔を見て、那岐は笑う。
「すまなそうな顔をすることはないよ。そろそろ上がろうと思ってた。…それに」
続きの言葉は忍人の耳に囁く。
「…!」
忍人は、鳳仙花の種がはぜるように一瞬で真っ赤になって、
「那岐…!」
たしなめるように名を呼ぶ。那岐は堪えた様子なく、けろりとして忍人の手を取り、桜色
した爪にくちづけて、艶然と笑った。

……それに、忍人のそんな色っぽい姿を見せられたんじゃ、のんびり湯船につかってなん
かいられない。……一緒に、寝よう?