●熱帯魚とデート● 熱帯魚がひらひらと泳ぐ水槽を飽かず眺める横顔はとても綺麗で、邪魔をするのは気が引 けたけれど、夕方の水族館は先刻から、閉館時間と来週行われるという手品ショーの案内 を繰り返し繰り返しアナウンスしている。 やむなく、目の前で手をひらひらと振ると、律はようやくはっと我に返ったようだ。…そ れから、申し訳なさそうに大地を見て目を細めた。 「…すまない。夢中になってしまって」 「いや、いいよ。…もらいもののチケットだったけど、律が楽しんでくれてよかった。… ああでも、一つだけ裏切られた気分かな」 「…?」 「今日は俺と律のデートのはずだったのに、これじゃ律と熱帯魚のデートだ」 「…」 律はうつむいてうなじを赤く染めた。 「すまない」 「…冗談だよ」 大地は笑う。 「本気ですまながらないでくれ。…ああでも、もし申し訳ないと思ってくれるなら、水族 館を出てすぐ帰るって言わずに、もう少しつきあってくれるかい?」 うつむく顔を上げさせて、瞳をそっとのぞき込むと、律は花がほころぶように笑った。 「…もちろん」