●月を手に入れる●


招き入れられた部屋は、カーテンが開いていた。満月の今夜、南向きの大地の部屋にはま
ばゆいほどの月光がふりそそいで、電気をつけなくても部屋の中がはっきり見えるほどだ
った。
窓際によりかかってその月の光を見上げていた律は、かちりというかすかな音を聞いて眉
をひそめた。
「…鍵をかけたのか」
「ああ」
扉を背にして、大地は穏やかな、……それでいてどこか底知れぬ凄みを隠し抱いた笑みを
浮かべて、立っている。
「……なぜ？」
背中がなぜかぞくぞくとする。…律はふと、自分の肩を抱いた。
「…決まってるだろう。……せっかく出会えたのに、地平線に沈まれては困るからね」
「……？…何の話だ」
「月のことさ」
「月をつかまえようというのか？」
「そうさ、月をつかまえようと思ってるんだ」
「…部屋に鍵をかけたって、天の月はつかまえられないだろう？」
律の言葉にくすくすと大地は笑った。
「…大地」
「悪い。……つい。……俺がつかまえたいものが、空で輝く月だと思っているのかい、律」
「…他に何がある」
言い返しながらも、何かがさっと脳裏をかすめた。ヒントのような、答えのような。…一
瞬過ぎて、律にはつかまえられなかったけれど。
「あるじゃないか。…つかまえられる月が」
そう言って、大地はドアの前から一歩を踏み出した。
まっすぐに、律に向かって、淡々と歩いてくる。その手が自分に伸びてきたのを見て、律
はようやく理解した。
「ここに、…月はある。……二月の月がね」
頬に触れ、そのままあごを持ち上げる大地の手。口づけられる寸前、律の唇は静かに三日
月を形作った。
「…っ」
その笑顔に何故か大地はひるみ、律から手を離す。…今度その手を追ったのは律だった。
「…馬鹿だな、大地」
引き寄せて、自分の心臓の位置に大地の手を当てて。律は笑う。
「月が俺なら、……お前はとっくに、月を手に入れているじゃないか。……鍵なんかかけ
なくても、俺は逃げない」
もうとっくに、お前につかまっているんだ。
「………律」
かすれる声で、大地が名を呼んだ。
…月光が白く、冷ややかに、部屋を照らしていた。