●もっと近くに●


畳の上に敷かれた布団の上に、彼は人形のように横たわっていた。
恋する気持ちを伝え合って、互いの思いを確かめ合って、許された上での行為だった。け
れど、自分には余裕も経験もなく、結局はただ彼に無体を強いただけではないかと悔やま
れて、切なくて。
動かない身体を少し怖じながら清め、閉ざされたままのまぶたの青さに唇を噛んでいると、
不意に、ぽかりとその目が開いた。
焦点の合っていない瞳はまっすぐぼんやりと天井を見上げ、それからゆるりと動く。何か
を探すように、目的を持って。……とろとろとした動きを見つめていると、はたと目が合
った。…律は、大地を捜していたのだ。
思わずびくりと身体が震える。…けれど律は、大地を見て穏やかに、花がほころぶように
笑った。
だいち、と、かすれる声が名を呼んだ。薄暗い常夜灯の灯りと眼鏡を外した目では、よく
は見えないのだろう。確かめるようにすがるように大地に手を伸ばしてくる。そして、人
形ではない人の体温の温かさでしっかりと大地の手を掴まえた。
「…よかった。……そこにいた」
「……いるよ」
応える大地の声も少しかすれていた。律は、うん、とうなずいてから、
「肌寒くて目が覚めて、…一瞬、一人きりかと思って怖かった」
はは、と小さく笑う。
「おかしいな。…寮では一人部屋だ。一人は慣れているのに、何を今更。一人を恐れてい
るんだか」
半分は一人言のようなつぶやきだった。大地はそっと、眉を寄せる。
「…横にいるのが俺だと、…一人でいるより怖いんじゃないか、律」
「……?」
ぽかんと開かれた瞳が丸い。
「…何故?」
心底不思議そうな声の色だ。
「…俺は、…君にひどいことをしたばかりだよ」
「…ひどいこと?」
ぼんやりと復唱して、…じわり、律の頬に、夜目にも鮮やかな朱がさした。その真っ赤な
顔で、蚊の鳴くような声だったけれど、きっぱりと律は抗議した。
「先刻のことなら、ひどいことをされたとは思っていない。俺も望んだことだ」
でも、と、ほんの少し声が弱くなる。
「…今そうやって、少し離れて俺を見ているだけなのは、ひどいと思う」
「………え」
大地は間の抜けた返事をした。
「…何、で?」
「…」
律は、うー、と、子供が焦れるような幼い表情を一瞬見せて、…それでも大地が理解しな
いことに諦めてか、ぼそりと一言付け足した。
「…もっと近くに、いてくれてもいいと思う」
言葉だけでは伝わらないかと、手を伸ばす。伸ばされた手は大地の腕をゆっくり引いた。
ねだられていることの意味をさとって、ようやく大地の顔もじわりと赤くなった。
引かれるがままに倒れ込んで、ねだられるとおりに抱きしめるのは、人形ではない熱を帯
びる、愛しい君。